中国純正CPU「方舟」沈没山谷剛史の「アジアン・アイティー」(2/2 ページ)

» 2006年07月10日 11時48分 公開
[山谷剛史,ITmedia]
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中国産ハイテク技術の将来を握る「中国863計画」

 中国政府が方舟をバックアップする背景には、中国政府科学技術部による「国家863計画」と呼ばれる計画がある。これは「中国ハイテク研究発展計画」の略称で、1986年3月3日にスタートした情報科学、生物と農業技術、新材料、自動化、エネルギー、海洋技術などあらゆるジャンルのハイテク技術についての研究発展計画だ。ときどき863計画での成果物を紹介する展示会が中国国内で行われるほか、863計画を紹介するオフィシャルWebページもある。

 5カ年計画の区切毎に863計画は刷新される。オフィシャルページによると、第11次5カ年計画(2006〜2010年)では、世界のIT産業列強に加わるという目標を掲げている。具体的には、通信、デジタルビデオ・オーディオ、コンピュータネットワーク、ソフトウェアなどを国家電子産業園(国家認定の中国各地にあるハイテクパーク)で研究開発し、その成果を基に中国を国際的な電子情報産業の鍵となる地域に育成するとしている。

 現在までにこの計画の成果として紹介されているCPUとして「方舟」以外にも、「龍芯」「鳳芯」「神威」、またDSPの「漢芯」などがある。脱線するが、神威CPUの初代である「神威I号」はWindowsも動作するx86互換のCISC CPUで、上海復旦微電子公司によって設計開発され2002年11月に製品が公開されている。そのときの動作クロックは80MHz、0.35マイクロメートルプロセスであった。現在神威I号の後継CPUは発表されていない。ちなみに発表当時は、2GHz台のPentium 4とモデルナンバー2000代のAthlon XPが主流であった。

 CPU以外で863計画で開発された製品としては、携帯電話の3G規格「TD-SCDMA」や無線LANセキュリティ規格「WAPI」、CATVやIPv6などの通信やネットワーク、「CC-Linux」などのLinuxディストリビューション、「曙光」などのスーパーコンピュータ、手書き漢字の認識、ロボットなどがある。スーパーコンピュータの曙光では、2001年2月に発表された曙光3000が403GFlopsを、2004年6月に発表された曙光4000Aが11TFlopsを実現している。

 ただし、今回の方舟事件だけでなく、5月には中国製DSP「漢芯」にまつわる類似の事件も発生していることから、863計画の研究が万事うまくいっているとはいい難いようだ。

方舟2号を搭載したマザーボード。左はシンクライアント向けマザーで右はネットPC向けマザー

中国メディアや市民の反応はいかに

 この問題をスクープしたのはIT時代周刊という雑誌であった。IT時代周刊に追随し、この事件を取り上げた多くのメディアも結局はIT時代周刊の内容を再編集した内容にとどまっている。この記事の全文を自分のブログに転載するブロガーも多く、また多くの掲示板でもこの事件が議論された。

 国を揚げた独自CPUの残念な結末に悲しむ人は少なかった。IT時代周刊がこの事実を発表する1カ月前の5月には、中国産DSPの漢芯において、漢芯1号から漢芯5号までのすべてがダイの表面をヤスリで削って新しいロゴに置き換えた他社のリマーク品かコア流用品と判明した事件があった。多くのメディアで、方舟事件は単にCPUとDSPという相似だけでなく、研究開発の現場における腐敗という意味でも相似していることから、第2の漢芯事件として捉えられた。

 漢芯事件で中国のネチズンは、掲示板やブログで悲哀の文章や研究者への怒りを大量に書き込んだ。しかし、それから1カ月後の方舟事件に関連する書き込みは明らかに少なくなっている。中国独自のハイテク製品が頓挫することに慣れてしまったためだろうか、ブログや掲示板のメッセージは漢芯事件と比べれば落ち着いたものとなっている。

 メッセージの内容は、崖っぷちだった中国ハイテク産業が崖から転落してすべてをなくしたかのような心情を漏らす内容のほか、「能力があって愛国を叫べば金は転がってくる」といったメッセージのような、研究者がいつしか金に溺れてしまう現状に絶望する内容などが多いようだ。

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