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» 2007年10月29日 11時45分 UPDATE

林信行の「Leopard」に続く道 第5回:System 7で幕をあけた激動の1990年代(後編) (1/4)

前回に続き、旧Mac OSの時代を具体的な機能とともに振り返ってみる。もしこの頃のMacを使っていたなら、あの“爆弾マーク”が日常風景の1つとして記憶されているだろう。

[林信行,ITmedia]

ユーザーを機能で楽しませた時代

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 前回に続き、1990年代のMacの状況を振り返る。この時代のMac OSはモジュール化が進み、新機能の追加から国際対応、新ハードウェアへの対応まで、機能拡張というファイルを加えるだけで実現できるようなっていた。

 他社からも多数の機能拡張が登場し、OSカスタマイズ文化の花が咲いた。しかしその一方で、矢継ぎ早に追加される新機能がシステムの安定性を損ない、「Mac=不安定」というイメージが植え付けられた時期でもある。

 後編ではこの時代のMac OSを、具体的な機能とともに振り返りたい。

 なお、書くと長くなりそうな技術や機能、ソフトなどは、各見出しの最後に「Mac OS関連用語」の形で書き並べておいたので、興味がわいた人はApple Wikiなどを使って調べてみてほしい。

System 7で花開いたOSカスタマイズ文化

 先に掲載した前編中編で、System 7時代の終焉までを一通り話してしまったが、ここでもう1度、時計の針を1991年リリースのSystem 7まで巻き戻し、これらのOSがどんなOSだったかを改めて見ていこう。

 1991年に登場したSystem 7は、それまでのMac OSと構造的にも外観的にも大きく異なるOSだった。

 外観の話をすると、なんといってもMacの顔である「Finder」を含め、OSの画面がすべてカラフルになったのが衝撃的だった。それまでのMac OSは、Macの内蔵モニターが白黒時代に作られていた。

 1987年にはカラー対応のMac IIが登場していたが、カラー表示ができたのは、一部のカラー対応アプリケーションだけという制約があった。「Finder」も白黒が基本で、デスクトップピクチャーが白黒のパターンなら、メニューバー、ウィンドウ枠、さらにはアイコンまで、すべて白黒の線画で描かれていた。

 ところが、これがSystem 7から全面カラー化された。これは衝撃的だった。おまけに、カラーアイコンを作る人がいないかもしれないと心配したのか、アップルはFinderを使って簡単にアイコンをカスタマイズできるようにした。これも画期的だ。

og_leopard05_002.jpgog_leopard05_003.jpg System 7の外観的な特徴は、System 6までの白黒表示(画面=左)をカラー化(画面=右)した点だ

 その後Macには、OS画面をカスタマイズする文化が生まれ、アイコン師と呼ばれる人が誕生し、アイコンを交換するWebサイトが現れ、そして1990年代中頃に一世を風靡した「Kaleidoscope」というOSカスタマイズソフトでピークを迎える(※1)。

 アップルもこうしたカスタマイズ文化に迎合するように、Mac OS 8ではアイコンだけでなく、メニューバーやウィンドウの形状など、すべてカスタマイズできるアピアランスマネージャーを搭載した。

 実はアップル社内でも、日本人エンジニアがデザインしたアピアランスなど、数種類が開発されていた。しかし、すでに旧Mac OSをMac OS XのClassic環境として収束させることを決めていたスティーブ・ジョブズは、旧OSの見た目の多様化を嫌い、結局アップル標準の外観は「プラチナ」しか配布されなかった。

※1)実をいうとSystem 6以前にも、カスタムアイコンを作って配付している人々はいた。ただし、これらのカスタムアイコンを使うには、専用ツールを使ってかなり面倒な操作をする必要があった。

Mac OS関連用語

ResEdit、Font/DA Mover、Kaleidoscope、Appearance Manager


疑似マルチタスクで花開いたアプリケーション間通信

 さて、System 7の機能はこれだけではない。まずOSの基本部分では、複数のアプリケーションを同時に実行できる「マルチFinder」機能が標準になった。

 これにあわせて仮想メモリ機能も搭載され、実メモリ以上のメモリが扱えるようになっている。しかし、当時の仮想メモリはまだ質が低く、そのうえHDDのデータ転送速度も遅かったので、ほとんどの人はオフにしていた(いまとは違い、仮想メモリのオン/オフを切り替えられたのだ)。

 また、複数アプリケーションが相互に情報を送りあって連携させる「AppleEvent」というアプリケーション間通信技術(Inter-Program Communication、IPC)も確立された。アプリケーション間通信技術と書くとなんだか難しそうだが、この技術の分かりやすい応用例が3つあるので挙げてみよう。

 まず1つは、Publish&Subscribe(発行と引用)と呼ばれる、情報のライブコピーとライブペースト機能だ。これはコピー&ペーストによく似た機能だが、コピー元の情報を更新すると、貼り付けた先の情報も更新されるのが大きな特徴だ。なお、マイクロソフトも同様のことを実現するDDE(Dynamic Data Exchange)や、OLE(Object Linking and Embedding)という技術を開発している(1987年リリースのWindows 2.0で実装されたDDEがのほうが登場は早かったが、MacのPublish&Subscribeはいち早くネットワーク越しのデータ更新に対応していた)。

※記事初出時、DDEがPublish&Subscribeの後に開発されたという記述がありましたが、正しくはDDEのほうが先になります。お詫びして訂正いたします。

 もう1つの応用例は、今日Mac OS Xにも引き継がれている「AppleScript」(ただし、この機能がSystem 7にバンドルされるのは1993年以降である。当初は開発者向けツールだった)。これはアプリケーションの操作をプログラミングしたり、アプリケーションの特定の機能(例えばスペルチェックの機能)を、ほかのアプリケーションから利用するための手段だ。System 7がシステム標準のIPC技術であるAppleEventを用意したことで、AppleScriptでは、Mac OSだけでなく他社が開発したアプリケーションの動作もプログラミングできるようになった。

 そして3つめはドラッグ&ドロップ。例えばFinder上でテキスト書類のアイコンをMS-Wordのアイコンに重ねればMS-Wordで、ほかのアプリケーションのアイコンに重ねればそのアプリケーションで開くことになる。いまでは誰もが当たり前に行っている操作だが、この機能は、Finderがドラッグ&ドロップしたアプリケーションに「書類を開く」というAppleEventを送ることで実現していた。

 System 7の構造上のもう1つの変化は、OSに機能を追加する機能拡張ファイルの仕様を標準化したことだ。

 Mac用アプリケーションの開発者の中には、OSの外観や動作をカスタマイズするためのプログラムを開発する人が大勢いたが、System 6の時代は、そうしたプログラムの開発手段が標準化されていなかった。このため、開発者が思い思いの方法でプログラミングしており、システムの安定性を下げる要因になっていた。

 System 7ではこの動作を標準化し、こうしたソフトとの共存共栄を試みた。これにあわせてコントロールパネル(今日のMacでいうシステム環境設定)は、コントロールパネル項目という設定用小アプリケーションを寄せ集めた、ただのフォルダになった。

 ユーザーカスタマイズに重点を置いたSystem 7で、もう1つ特徴となっていたのが、メニューバー左上のアップルメニューで、これはユーザーが自由にカスタマイズできるメニューになった。

 OS本体が入ったシステムフォルダの中に「アップルメニュー項目」というフォルダがあり、ここによく使うアプリケーションや書類、フォルダ、あるいはそれらのエイリアスを入れておくと、それがメニューバーに表示されたのだ。ちなみにファイルの分身であるエイリアスを作る機能も、このSystem 7から搭載されたものだ。

Mac OS関連用語

発行と引用、Windows(OLE、DDE)、AppleEvent、AppleScript


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