2007年秋モデルから搭載された第4世代の水冷ユニットは、これまでのCPUの冷却に加えてHDDも冷却するようになった。
石井 PCの騒音源は、電源ファン、CPUファン、次にHDD、そして光学ドライブです。これまでの水冷システムでは、ファンの騒音を抑えることに成功したので、この第4世代ではHDDの音を抑えることにしました。特にAV PCをうたうためにはHDDの静音化は必須だといえますから。
HDDの音を抑えるために、HDD自体を発泡ウレタンで覆ったHDD遮音Boxで包み込む。その結果、動作音が外に漏れることは大幅に減るが、一方でHDDが発する熱の問題が出てくる。そこで、HDDの片面に水冷ジャケットを取り付けてここに水を回して熱を奪う仕組みにしたのが、「マルチヒートソース冷却」である。また、CPUの冷却技術も進化しており、CPUの熱を奪う銅製のCPUジャケットに刻まれた微細なフィンにあたるマイクロチャネルのすき間を108本に増やし冷却効率をアップしている。
もともと静音水冷システムのコンセプトは、PC内に何カ所も設けられた冷却ファンを減らして静かにすること。そのためにはファンの数を減らしたい。するとCPUやHDDの熱をいかに効率よく1つまとめるかということになる。その目的に最適なのがラジエータを使った水冷システムだった。
酒井 ラジエータの性能は、ヒートシンクに対して比べ物にならないほど高い冷却効率を持っています。初代の水冷システムでは剣山のようなヒートシンクを使い、次にエアコンで使われるフィン・チューブタイプになりました。それらよりも効率いいのが、自動車やオートバイに使われるラジエータコアだったのです。さすがにクルマの歴史はPCよりも長く、それだけラジエータの性能もとても効率のいいものになっています。そのため、開発当初はオートバイのラジエータをそのまま使ってみたりしました。
こうした水冷システムの冷却液を循環させるのは、ラジエータの脇にあるポンプだ。ピストン式で10Hz程度の作動音が出ているが、こちらもHDD遮音Boxで使われる吸音材と同じもので包まれているため、音はほとんど気にならない。また、その脇には余分な水溶液をためておくリザーブタンクを備える。このリザーブタンクは、冷却液を循環させるチューブから少しずつ蒸発してしまう分の冷却液を貯めている。また、万が一冷却系が凍った場合に、体積が増えた分を吸収する役目も持っている。さらに、循環系に空気が混入するとポンプの循環効率が落ちてしまうが、循環する液体が必ずこのリザーブタンクを通過することで、その空気を除去する効果もある。
酒井 この水冷システムは、室温35度においてCPU負荷100%の状態で24時間動作させても5年間は問題なく動くように設計して作られています。そのため、普通の使い方ではそれ以上の寿命があるので、実用上問題が生じる可能性はかなり低いと思います。水冷だからといってお客様に意識させることなく、静音PCのメリットを長くお使いいただけるようになっています。
このようにして生まれた水冷PCだが、NECでは水冷システムの技術だけでなく、静音という観点からも長く技術開発を行っている。この静音性を研究しているのが、NECの中央研究所に所属する振動音響チームだ。目に見えない音を可視化して、それを静音水冷PCの開発や製造時の異音検査に生かしている。これを同チームでは「音の見える化」技術と呼んでいる。
NECの中央研究所は知的資産R&Dユニットに属しており、神奈川県川崎市にある玉川や神奈川県相模原市にある相模原など、国内6カ所に研究開発拠点が分散して存在している。中央研究所にはソリューション、IT・ネットワーク、材料・プロセスを研究する3つのグループがあり、今回の取材で訪問したのはこの中でハード面を担当する「IT・ネットワークシステム基盤研究グループ」の「システム実装研究所」で、ここでは機器の付加価値をどうやって高めるか、ということをさまざまな角度から研究している。
冒頭で触れた「音の見える化」技術を生み出したのは、この中にある振動音響チームだ。ここは圧電素子を専門にしていた佐々木氏が、水冷PCの開発とほぼ同時期に立ち上げたチームで、圧電素子などの部品解析のために振動音響解析技術を蓄積していた。この技術に着目したのが、当時PCの開発チームに在籍していた、中央研究所 システム実装研究所 実装設計TG主任研究員の酒井浩氏だった。
酒井 当初、佐々木に相談したのは「NECは水冷PCを製品化しているが、“音”についてのテストは製造ラインからの抜き取り検査のみで、全数検査をやっていない。きちんと静音ブランドを構築するのであれば、すべて検査を行わなければならないのではないか」という点です。
一般的に、PCの製造ラインではすべての製品についてエージングテストを行っているが、水冷PCでは、それに加えて動作時の異音などについては抜き取り検査で対応していた。しかし、“静音PC”ブランドを確立するためには、出荷するすべてを調べる必要があったというわけだ。
とはいえ、音を検査するといっても、ただ、PCから発せられる異音をキャッチするという簡単なものではない。PCを生産する工場内は、さまざまな騒音が飛び交っている。そんな大きな騒音の中から、PCが発する異音を検出するためには、周囲の音を遮断してPCの音だけを拾う必要がある。そこで最初に考え出されたのが、測定用の簡易ボックスにPCを入れて測定するというものだ。
しかしこれでは月産何万台というスピードに対応できない。次々と生産されるPCをスムーズに検査できる方法はないものだろうか、この課題を酒井氏は当時振動音響解析の専門家であった、同システム実装研究所 実装設計TG主任研究員の佐々木康弘氏に相談したのである。
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