──エグゼクティブの移動先ならブロードバンドネットワークが必ずあるはずで、それなら「シンクライアント」という考え方もできなかったですか。
林 どこでもシンクライアントが使えるというのは、まだ早すぎると考えています。まだ、行った先にブロードバンドネットワークがあるとは限りませんから。どんな状況でも信頼して使える道具を作りたいと思ったら、シンクライアントだけでは危険です。
大塚 「VAIOらしいシンクライアント」というのはまだ考えられないですね。だからこそ、今まで培ってきたもので、どこでもパフォーマンスを出せるものを作ることになりました。
林 VAIO type GとVAIO type Tが違うように、“Z”でなければならないというライフスタイルを持つユーザーがいます。ライフスタイルが異なるユーザーごとに、それぞれのPCを用意するということですね。VAIO type Zの登場によって、これまでのVAIOユーザーに新たなライフスタイルを持つユーザーが追加されたことになります。
──1台のノートPCにオールマイティを求めれば求めるほど中途半端になっていくように感じるのですが。
大塚 実というと、従来だったら異なるVAIOを2台買っていたユーザーが、VAIO type Zを1台しか買わない可能性も考えました。VAIO type Tはソニーならではの製品で、常に持ち運べるだけでなく、生活を楽しむためのノートPCとして全世界で多くのユーザーに支持されました。一方で、充実したパフォーマンスと実用的なモビリティの両方を求めているユーザーが存在する市場もあるはずです。だからこそ、2種類のVAIOを適材適所で使い分けてもらうというよりも、1台に集約する方向性を選んだのです。
林 本当はモバイルコンピューティングをしたかったんだけど、パフォーマンスの問題でモバイルの方向にいけなかったユーザーが少なからずいます。そういうユーザーたちに、安心して使ってもらえるモバイルノートPCを提供しようというのがVAIO type Zの目的ですね。
大塚 複数台のPCを所有して使い分けるスタイルについては、ソニーの開発陣も議論しています。でも、そのような使いかたはまだ早いように思いますね。それに、(故障したときの予備という理由以外で)出張にノートPCを2台持って行く人は少ないでしょう。PCメーカー側から、複数のPCを使い分けるスタイルの提案をしても、ユーザーからは拒否されるはずです。薄くて軽いノートPCを作れるのはソニーの強みです。それを満たしたうえで、モノとしていいと思ってもらえるものにできるのはソニーしかないと考えます。
林 飛行機の中でも資料を作りたいし空港でもメールを書きたい。そういう局面では最大限大きな画面とパフォーマンスをユーザーに提供したい。今や、ノートPCを使うのはホテルだけじゃありません。すべての場所で満足してもらいたいというのがVAIO typeZが求めた現実的な解なのです。
大塚 いずれにしても、VAIO type Zの企画段階では、1人が複数台のノートPCを持つという視点でまったく考えていません。それよりも、複数台必要だったところを1台で済ませるのがVAIOの技術力であり、それが付加価値となるはずです。VAIO type Zはその付加価値をすべてを含んでいるということです。そのため、インタフェースの仕様では、最初ポートリプリケータの利用も考えていましたが、主要なものはすべてボディに内蔵してしまいました。
林 VAIO type Zを所有しているユーザーには、どこでも安心して使ってもらいたいというのが開発者の願いです。ユーザーが何かをしようとしたときに、あっ、あのアダプタがない、あのケーブルが持ってくるのを忘れたからできないということがあってはなりません。大塚 VAIO type Zが原因でユーザーにストレスを感じさせてはいけないんです。そのためには、行いたい作業にかかる時間をどれだけ短縮できるのかもポイントになります。スキルがあるユーザーは、創意工夫でなんとかできるでしょうけど、そういうユーザーばかりではありません。ITリテラシーが高いユーザーは自分のITスキルを生かして力業で、PCの不備を補う面もありますよね。
大塚 安く作れば製品の品質は下がっていきます。これは当然ですよね。でも、そういう製品を購入したユーザーは喜びません。
林 VAIO type Zは絶対に塗装がはげないという自信があります。いいものを長く使ってもらいたいですからね。気に入ったものを長く使ったVAIOのユーザーは、必ずまたVIAOを購入してくれます。もちろん、買い換えサイクルは長くなりがちです。でも、それはそれで1つの回答でしょう。それにほかのユーザーに勧めてくれるかもしれませんし。
今後、ハードウェアに対する魅力がだんだんなくなっていくんじゃないかと考えることがあります。しかし、エンジニアとしてずっと思ってきたのは、製品としての魅力を突き詰めていくのがソニーの伝統で、製品の持っている存在感が大きい製品を作ることもソニーのお家芸だということです。そして、ソニーには、そういうものを作りたいというメンバーが集まっているのです。
──今後も、ノートPCは、形状を含めて変わることはないのでしょうか。
大塚 一時期、これからのノートPCはクラムシェルじゃないと考えていたこともあったんですが、今、自分で欲しいのはクラムシェルのノートPCですね。
林 ノートPCにとって、クラムシェル以上の形状はまだないのではないでしょうか。ビジネスの現場で企画を練るよう作業をやるには、これに勝るものがありません。
大塚 きょうは上司といっしょに香港から戻ってきたばかりなんですが、香港でも、ノートPCをフルに使わなければなりませんでした。ドキュメントの編集や静止画、動画閲覧といったことをやりはじめると、クラムシェルがベストです。
PCって使い方を強制しない家電製品だと思うんですよ。ただ、そういう考え方は将来的にだめかもしれないですね。ソリューションごとに適したPCを売らなければならないかもしれない。そうなれば、ノートPCも専用機器化していく必要もあるかもしれません。
結局は、そのミッションによって、(売り上げの)数を取りにいくマシンと、付加価値も合わせてユーザーにいい提案をするマシンが存在するということですね。そのミッションによってマシンに求められる形状も違ってくるということじゃないでしょうか。
出張先のホテルは、国内、海外ともに、部屋に入ると薄型テレビが設置されていることが多くなってきた。そういう薄型テレビには必ずといっていいほどHDMI端子が用意されている。家庭のテレビも同様だし、ビジネスの現場なら、会議室や訪問先の応接室も同様だろう。
世の中がそういう方向に動いているのなら、モバイル利用を重視したPCもノート(クラムシェル)形状の否定が始まってもいいのではないだろうか。そういう意味では、VAIO type Zは、この、この20年間にわたって追求されてきた典型的なノートPCのスタイルを守る最後の砦といえるのかもしれない。
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