「元素図鑑」はハリー・ポッターの世界を目指してつくられた「元素図鑑」作者インタビュー(前編)(2/4 ページ)

» 2010年07月23日 16時30分 公開
[林信行,ITmedia]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

ジョブズとは22年来のつきあい

――グレイさんの、そもそも「元素図鑑」の開発に至るまでのバックグラウンドについてお聞かせもらえますか。

グレイ 私はそもそもソフトウェア畑の人間です。1988年、スティーブン・ウルフラムという友人と一緒にMathematicaという会社を設立し、数式処理系のアプリケーションを開発したのが出発点です。Mathematicaは、スティーブ・ジョブズがつくったコンピューター会社、NeXTのコンピューターに標準添付されており、NeXT版の開発は私がほぼひとりで行いました。

 スティーブ・ジョブズは、今でも秘密主義ですが、当時も極度の秘密主義でした。NeXT版Mathematicaの開発にあたり、NeXTは私に部屋を用意してくれましたが、一方で私を監視する専任のセキュリティガードも雇っていました。鍵のかかった部屋に、開発に必要なNeXT Computerがあるのですが、本体は隠されていて見ることができません。私は画面とキーボードだけしか見えない状態で作業をさせられていたのです。

 いずれにしても、'90年代は、このMathematicaの開発が本業でした。

――元素の仕事とはかけ離れていますね。

手前が写真家のニック・マン氏(NICK MANN)

グレイ そうですね。「元素」関係で動き始めたのは2002年のことです。ちょっとした趣味が高じて副業で始めるのですが、やがてこれがどんどんシリアスなものになってきました。

 2003年には「ポピュラーサイエンス」という科学雑誌で連載を始めることになりました。そのころから元素関係の写真を集め始めてポスターを作っています。ポスターは日本でも発売されました。やがてわたし1人だけでは物事をまわせなくなり、こちらにいるニックを、おそらく世界でも初の元素写真専門家として雇い入れます。

 昨秋には、こちらの本も出版しました。

紙の本から電子書籍へ

――「元素図鑑」の元になった紙の本があったんですね。

グレイ そうです。日本語版を含めた世界12カ国語版はこの9月に発売予定です。紙の本はiPad版の「元素図鑑」と非常に似た内容になっています。というのも、iPad版も紙の本も素材は同じで、自由な角度に回転できる720の写真が元になっているからです。ただし、紙の本では、写真を自由に回転させることはできないので、iPad版におけるある表示状態のスナップショットのようなもの、ととらえてもらうといいかもしれません。

――iPad版をつくったきっかけは?

グレイ 我々はずっとこの本を電子版で出したいと思っていました。でも、それに適した流通手段もなければ、適したデバイスもなかったので、紙の本を先に作りました。

 ところが2010年1月、アップルからiPadが発表されます。心の中で、思わず「ありがとう、スティーブ・ジョブズ!」と叫びましたね。iPadは、私がやろうとしていることを実現するのに、まさにピッタリのサイズと形をしていたからです。

 iPadの発表会を見終わった後、5分だけ考えて、すぐに「今こそ電子書籍を作るタイミングだ」と決断しました。そしてイギリス在住の親友でテレビプロデューサーのマックス・ウィットビーを電話で呼び出し、何人かの開発者に招集をかけました。

 集まったメンバーで1日話した結果、それまでやっていたことすべて一端、完全に止め、「元素図鑑」の開発に専念することにしました。家族にも2カ月ほど会えなくなると別れを告げました。

 我々にとって幸運だったのは、この段階ですべての素材がそろっていたことです。写真もすべてそろっていれば、文章も書き上がっていました。回転するオブジェクトの素材もありました。iPadの発売までの2カ月間にやるべきことはただ1つ。これらの素材を電子本の体裁に整えることだけです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

最新トピックスPR

過去記事カレンダー