もう1つ例を挙げてみよう。あなたがiPadで購入して途中まで読みかけだった電子書籍は、きちんとiPhoneにも同期されており、電車でiPhoneを起動すればちょうど読んでいたところの続きから読むことができる。
これまでのクラウド型サービスでも一部は可能ではあった機能だが、アップルの新世代OS+iCloudの環境では、本の読みかけページの同期だけでなく、そもそも新しく買ったばかりの電子書籍アプリケーションの自動インストールまで面倒を見てくれる。
OS、アプリケーション、アプリケーション上のデータといった3つすべてをデバイスを超えて同期できるのは、ただのハードウェアメーカーでもなければ、ただのOSメーカーでもなく、ただのアプリケーション開発社でもなく、そしてただのネットワークサービス屋でもない、これらすべてを手掛ける垂直統合型企業のアップルならではだ。
これらの事例を聞いて、「なんだ、そんなのクラウドじゃ当たり前じゃないか」と思う人もいるだろう。しかし、その当たり前がなかなか実現しないのが、これまでの現実だった。
中には「いや、そんなことはすでに実現している。そもそもクラウドサービスはWebブラウザ経由で利用しているから、アプリケーションのインストールすら不要だ」という人もいるかもしれない。しかし、そうした人々には、本当に今、PC作業のすべてをWebブラウザで行っているのか、そしてその使い心地に満足しているのかを聞いてみたい。
iOS機器は、Androidとも共通の非常に優れたWebブラウザを搭載しており、小型機器ながら最新のHTML 5系技術に対応し、最先端のWebアプリケーションでも使えるようになっているが、それでも、やはりWebブラウザという汎用アプリケーションを通して行う操作は、どこかしっくりこないところが多く、快適に使えないと思っているのは筆者だけではないだろう。だからこそiOS機器は、個々の目的に最適化されたアプリケーション利用の人気が高い。
iOS 5以降では、専用アプリケーションならではの使いやすさと、クラウドならではのデバイスを超えた作業状態の共有のいいとこどりが可能となる。その時の状態や気分にあわせて、根を詰めてPCでやっていた作業を、途中からリラックスしてソファで寝転びながらiPadで続行し、さらには移動しながらiPhoneでも続けるというように、切り替えが非常にスムーズかつ自然に実現していきそうだ。
スティーブ・ジョブズ氏は、iCloudの特徴を「It just works(とにかくちゃんと動く)」の3語に集約し、それを何度か繰り返した。
確かに紹介スライドやデモを見た限りの印象では、iCloudの最大の特徴は、難しいこと一切なしで、かなりITが苦手な人でも、とにかく気がついたらその恩恵を授かれているようなものになっているようだった。サービスを無料で利用できるようにした、というのも、ユーザーが意識することなく、気がつけば自然に使い始めていることを狙ったからだろう。つまり、今後のMacでは、iCloudを使ったデータの同期やバックアップまでを含めた体験が製品を形作ることになる。そしてiPhoneという新時代の携帯電話も、iPod touchという新時代の汎用端末も、iPadという新カテゴリーの製品もすべて、iCloud機能までも含めた体験が製品を形作ることになる。
ここまでハードウェアとOSとが融合したクラウドサービスは、これまでなかったはずだし、これらそれぞれの製品が、世界的に人気であることを考えると、遠からず世界最大級のクラウドサービスになる可能性も大きそうだ。
となると気になるのは、快適なレスポンスを実現できるのかという点だが、膨大なユーザーからの利用にサーバをはじめとするインフラが耐えられるかどうかは、実際にサービスが始まってみないと分からない。アップルはノースキャロライナに広大な敷地を買収し、そこに巨大なデータセンターを建造した。iCloudはそこで運営されるという。
ジョブズCEOは自信満々に、人が米粒よりも小さく見える超巨大施設いっぱいに詰め込まれた高価なコンピュータシステムなどをスライドで見せていった。さらに「あいつら(アップル)なんて信用できるかよ、MobileMeを作った奴らだぜ、という人もいるだろう」とアップルの失敗作を例に聴衆から笑いを取り、ある意味、自らを背水の陣に追い込んだ状態で紹介している。
ここまでやるのだから、それなりに周到な準備や検証は行えているのだろうと期待したくなる。
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