シラー氏が一通りiPadの紹介を終えると、スライドのiPadが回転し、その裏には「iPad mini」がスッポリと隠れていた。片手で持てるサイズ――これがiPad miniの最大の魅力だ。iPadが“開いた状態の新書”だとしたら、iPad miniは“閉じた状態の新書”。これなら満員電車でつり革を持ちながらでも、もう片方の手で読める。だが、実機を手にとってさらに驚かされたのがその軽さだ。
おそらく、細かく重さのバランスを調整したり、重心点をどこに置くかを考えて、その上で中のパーツを配置しているからだろう。ホームボタンが下に来る形でiPad miniを持ったとき、手に伝わる軽さがすごい。
さらにカメラレンズの表面処理から、本体のエッジの処理、iPhone 5をイメージさせるマットなブラックの背面、そしてきれいに掘削されたボタンなど、どのディテールをとっても、まさに「every inch an iPad」という言葉が頭に浮かぶ。
製品紹介の中で、デザイン部門のトップ、ジョナサン・アイブ上級副社長が「我々はただ製品を縮小したのではダメだと思い、凝縮することにした」という言葉をそのまま体現したといっていいほどよくできている。
ここでシラー氏も悪ノリをし、アップルらしい「どうだすごいだろう」と言う比較をして場内の笑いを誘う。いわく「鉛筆くらいの薄さ」「ペーパーパッドよりも軽い」といった具合で、その度に場内も爆笑があふれた。しかしその後にもう少しシリアスな比較も始まった。最近話題の7型タブレットとの比較だ。
アップルが何よりも重視するのは、Webページの閲覧やアプリの活用といった実用面だ。そして、そうした実用性と「片手で持てるサイズ」という製品のそもそもの狙いのバランスを徹底的に吟味した結果、7.9型というサイズにたどり着いたとシラーは語る(ちなみに、iPadの9.7型に対して、iPad miniは7.9型とサイズも覚えやすい)。
7.9型とはいえ、実は画面の解像度はこれまでのiPad 2と同じなので、iPad用に作られたアプリケーションであれば、わざわざ作り直さなくても画面の解像度をきちんと生かした表示になるという(ただし、アプリによってはボタンの大きさなど、インタフェースを一部変える必要が出てくるかもしれない)。シラー氏はアップルのすべてのiPadアプリが、すでにiPad miniでも最良の状態で使えることを強調した。
その後、iPad miniが、最近流行している7型タブレットとどのように違っているか詳細な比較が始まった。クックCEOが提示したグラフで、他社のタブレット製品ではWebページのアクセスがほとんど起きていないことは分かっていたが、実は他社のタブレットではアプリの利用もほとんど起きていない、とシラー氏は指摘する。
なぜならiPadには27万5000本以上もiPadの画面サイズに最適化して、その解像度の1ピクセル1ピクセルを有効に活用したアプリが用意されているが、他社のタブレットではこうしたものがほぼ皆無に等しい状態だからだ。そのため、せっかくタブレットを使っても、使うアプリは3〜4型画面のスマートフォン用アプリを拡大表示しているだけ――これでは例えば、レストランガイドのアプリでも、レストラン名の横には、だだっ広い余白があいている状態になってしまう。一方、iPad 2の画面に最適化したアプリなら、余っている余白スペースに地図を表示するなど、使いやすい工夫がとられている。
eBayのオークションアプリも、Androidタブレットでスマートフォン版の拡大表示で見ている分には余白だらけで項目も少ないが、iPad版は横方向の広がりをうまく生かして使いやすくしている。Pandoraの音楽視聴アプリも、Androidでは曲の一覧だけだが、iPadでは右側に曲についての詳細情報が表示される。これ以外に、動画再生アプリも同様だ。
そもそも、Androidタブレットで人気の7型サイズとiPad miniの7.9型サイズを比べた場合、たった0.9インチしか差がないように思えるが、これは対角線でサイズを測る画面サイズの計測法のマジックで、実際の画面は35%も広くなっている。
そして、タブレット端末の用途で最も多いWebページの閲覧でいえば、iPadはうまくフルスクリーン操作を確立したために画面を目いっぱい有効に活用できるが、Androidでは余計な操作ボタンなどが表示されるため、画面に表示されるWebの中身で比較するとiPad miniのほうが縦表示で49%、横表示で67%も広く表示できるという。これだけで、Webページの閲覧の体験もかなり大きく変わってくる。
確かにAndroidで7型という流れには意味がある。これまでいろいろなメーカーが数打てば当たる的の方式で、5型だ、10型だ、13型だと、とにかく種類を出してユーザーと開発者に最適サイズを選んでもらおうという他人まかせの戦法に走ったため、「アプリが先か、ハードが先か」の議論になってしまっていた。そこに7型という基準ができたのは、それはそれで非常に意味があることだと筆者は思う。だが、それはプラットフォームとしての意味であって、ユーザーの使い勝手などの意味ではない。今後Androidタブレットでは、この7型サイズでどうしたらより良い体験が生み出せるのか、切磋琢磨(せっさたくま)が始まってくれるものだと信じて期待したい。
一方、アップルは最適なサイズを決定して製品化するまでに時間がかかったものの、じっくり吟味した分、最初からきちんと体験を作り込んでインパクトのある製品を出すことができた。ただサイズを選んで、そのサイズに落とし込むだけではなく、例えば小さな画面になると、ふちを持ったつもりの手が気づかずに液晶に触れてしまっていることもあるので、そうした不用意なタッチを認識して誤操作をキャンセルするような配慮が徹底して行われている。こうしたディテールへのこだわりはまさにアップル的だ。
iPad miniに関する報道で、7型は故スティーブ・ジョブズ氏が反対していたサイズだと強調しているものもある。しかし、スティーブ・ジョブズ氏は常に間違いも起こし続けてきた。
アップルの看板製品である「iMac」も、ソニー好きのジョブズ氏の言う通りにしていたら「Mac man」という残念な名前がついて、もしかしたら、あそこまでのヒット商品にはならなかった可能性がある。
かつて市場シェアわずか3%のMacを作るだけだったマイナーPCメーカーであるアップルに、世界が注目し始めるきっかけを作ったのは2002年のWindows版iPodだが、ジョブズ氏はWindows用にiPodを作る必要があるのかと大反対した。そもそも70万本の巨大市場を築き上げたApp Storeもジョブズは最後まで反対していた。
しかし、ジョブズ氏の“反対”は、多くの場合、本当の意味での反対ではなく「おまえはきちんとほかのオプションも吟味したうえでその結論に達したのか?」という禅問答の一環でしかない。ジョブズ氏が常に求めていたのは、考え抜かれた最良の製品であって、自分の直感通りの製品ではない。
そういう意味では、2012年のアップルは、ジョブズ氏の時代を乗り越えて、これまでにない過去最強のラインアップを、MacでもiOS機器でも用意することができたと思う。そして、これらの新製品がApple Storeに並ぶころには、「ジョブズがいなくなって、アップルはダメになった」といったお決まりの嘆きごとも、少しずつ収まっていくことだろう。
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