未来へようこそ! CGを現実に変える「3Dプリンタ」最新事情アートから臓器まで立体プリント(2/2 ページ)

» 2012年11月28日 11時00分 公開
[林信行,ITmedia]
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医療分野の未来を創出する3Dプリンタ

神戸大医学部付属病院の医師、杉本真樹氏。iPadを活用した手術でも知られている

 そして、さらに衝撃的だったのが、米Appleの公式Webサイトでも紹介されたことのある神戸大医学部付属病院の杉本真樹医師と出会ったことだ。手術にiPadを導入したことでも知られる杉本氏だが、彼は3Dプリンタの活用にも積極的で、CTスキャンでスキャンした手術前の臓器を透明の樹脂を使って印刷し、立体造形している。そうすることで、原寸大の臓器を手に取って確認できるわけだ。また、透明樹脂を使っているので、血管などがどこに通っているかなども視認できるほか、この臓器を実際の臓器に近い固さの素材で印刷し、切るときの感触のイメージトレーニングをしたり、どうしたらより切開部分を小さくできるかなどの検証にも使っている。さらに彼は生まれる前の胎児を3Dスキャンして印刷し、母親に抱かせる、といった試みも行っている。

この杉本医師に感化されたのが、2011年に行われたTEDxOsakaの最後に見事な英語のプレゼンテーションでスタンディングオベーションを受けた千葉県の中学生、山本恭輔くんだ。彼は自らの肉体をスキャンし、「モデルが現存する」実物大の半透明な3D人体標本になることを志願した(ちなみに、理科室に飾られた人体標本の多くは主に囚人など死んだ人を元に作られているものも多い)。彼は毎年スキャンされて人間の身体の発達が分かる標本になることも望んでいるという。

3Dプリンタを医療分野で活用しているのがBio-Texture Modeling(生体質感造形)だ。杉本医師が妊婦のライフケアのために3Dプリンタで開発した母親と胎児のモデル。切除手術のために患部(写真は肝臓がん)を可視化したモデルもある(c)杉本真樹 2012

TEDxTitech 2012での杉本氏による講演「How to inspire the next generation of medicine?」(いかに医療を次世代へ誘発するか)
TEDxOsaka 2012での講演「Bio-Texture Modeling: Beyond human actuality」(生体質感造形:人間の現実感を越える新技術)
「Print a 3D model of your unborn baby with the 'Shape of an angel' service」(DigInfonews)

 この医療分野に関しては、十数年後には、さらに大きな飛躍がありそうだ。2011年3月、TEDというカンファレンスで人間の腎臓が3Dプリンタで印刷されるというデモが行われた。スフェロイドという、どのような組織にもなりうるものを3Dプリンタを使って印刷すれば、なんと移植可能な臓器も、いずれ3Dプリンタで作れるようになってしまうのだ。

 健康な状態のときに自分の臓器をスキャンしておき、それをデータとして持っておけば、病気で臓器がダメになっても、誰かから移植用の臓器が届くのを待たなくても済んでしまう。もっとも、このTEDのデモでは、まだまだ山積みの問題点が触れられていない。いまの技術では印刷した後の臓器が柔らかく、構造を保てない問題があるが、実はこの点については佐賀大学が剣山のようなものにスフェロイドを吹き付けて臓器を印刷し、構造が安定してから剣山を抜く“剣山方式”を考案している。これ以外にもガーゼにスフェロイドを印刷して、後でガーゼを溶かすという方式も日本で研究が進められていて、この分野はもしかしたら日本が世界の頂点に立てる可能性がある。

 また、数年前まで圧倒的に3Dプリンタの利用が多かったのは自動車業界だったとも聞いている(十分なリサーチができていないため確認はできていないが、製品のプロトタイピングなどに使われていたのではないかと想像している)。このように3Dプリンティングは、単に工作の道具というだけではなく、社会的にも非常に大きなインパクトを持つ、それこそ歴史の転換点をもたらす発明の1つとなるかもしれない(もちろん、よいことばかりではなく、悪用される可能性が大きい機械でもあるのだが)。

3Dプリンタ最前線――「Euromold」開催

 それでは、その3Dプリンタの世界が、いまどんな風になっているかと言うと、筆者の印象では1970〜80年代の8ビットパソコン時代に似ており、さまざまな3Dプリンタのメーカーが、独自のやり方、独自の特徴で3Dプリンタを開発しているような感じで、まだ世界的な標準化といったことも特に行われてはいない。

実在の人間に生き写しのアンドロイドを作って人間性の本質を追求している大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻知能ロボット学研究室の石黒浩博士は、映画「サロゲート」にも出たことのある有名人。彼は最近、人間国宝の桂米朝さんのアンドロイドを制作して話題になっている。桂米朝さんのアンドロイドは東京オペラシティー内ICCで開催中の展覧会「アノニマス・ライフ 名を明かさない生命」で2013年3月3日まで展示中だ

 ただし、牧歌的だった80年代と異なり、スピード感あふれる21世紀、さらに今後の社会的影響も極めて大きい分野だけあって、最近では急速に企業間のM&Aが進み、現在はStratasys陣営と3DSystems陣営の2強による競争が激しくなっている。

 半分近い51.7%のシェアを持つStratasysは、2012年初頭に1つのモノの中に異なる固さの素材を混在して印刷する技術などを持っているObjetと合併(まだ完了はしていないようだ)。一方、2位の3DSystemsはシェア22.4%だが、2012年中旬にZCorpを買収し、2013年にはシェア8.3%で3位のEnvisontecも買収すると言われており、シェアは小さいものの、「MAKERS」の本が最も力を入れて紹介しているパーソナルファブリケーション、つまり個人による3Dプリンタの利用の分野では大きなシェアを握っている。

 記事中のリンクを読んでくれた読者の中には、おそらく「世の中、こんなことになっていたんだ……」とビックリして放心状態になっている人もいるだろう(未来へようこそ!)。

 世の中のテクノロジーは、私たちが日々、昨日の続きの仕事をしているあいだにも、ものすごい勢いで進んでいるのだ。そして、その中でもいま最も大きな可能性を秘めているのが「3Dプリンタ」「3Dスキャナ」を始めとするリアル3D造形の世界だろう。

 冒頭でも紹介したように、筆者は、この21世紀の夢が現在どのような段階にあるのかを調べるべく、その最大の見本市である「Euromold」にやってきた。今週末、日本に帰るころまでには2013年の3D最前線をみなさんにお伝えできればと思っている。

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