最先端のテクノロジーが作り出す風景林信行氏オススメの展示イベント(4/5 ページ)

» 2014年03月18日 18時41分 公開
[林信行,ITmedia]

より正確な画像と模型を追求してきた医療現場の歴史――「医は仁術」展

 ここまではデジタルアートが中心のイベントだったが、それとは別アングルの視点から、現代のコンピューター技術のすごさを味わえる展覧会も紹介しよう。

 Media Ambition Tokyoの紹介で、アップルが時代を変える新しい時代を切り開いた29組34人をMac 30周年記念サイトで取りあげ、そのうちの3人が日本人だったと前述した(実はこれに加えてもう1人、日系アメリカ人のジョン前田氏も入っている)。

 1人目はライゾマティクスを立ち上げた真鍋大度氏、2人目は音楽家で映像作家の高木正勝氏、そして残る3人目は医療画像の分野で世界が注目する先進事例を作り続けてきた神戸大学の杉本真樹医師だ。

平賀源内が発明したと言われるエレキテルには医学的効果があると思われていた。ある意味、元祖、電気マッサージ機!?

 そしてこの杉本真樹氏が4人の監修で関わっているのが、東京は上野の国立科学博物館で展示が始まった「医は仁術」展だ(監修は杉本氏のほか、国立科学博物館理工学研究部 科学技術史グループグループ長の鈴木一義氏、順天堂大学特任教授の酒井シヅ氏、東京大学医学教育国際協力センター教授の北村聖氏の4名で行なっている)。

 この特別展は、まだ病気が魔性の仕業だと思われていたころの絵画から始まり、東洋と西洋から医術や薬学が伝わり、その技術と知識が日本の医師らによって和魂漢才、和魂洋才の精神で育まれ、3Dプリンタや3Dテレビを使った映像表現が可能になった現在に至るまでの進化を紹介した展覧会だ。

 江戸時代から始まる膨大な医術書を見ていくと、医療の現場において画像や模型による表現がいかに重要だったかが改めてよく分かる。

「ターヘル・アナトミア」はドイツ人医師クルムスの解剖学書をオランダ語に訳したもの。後に杉田玄白らが日本語に訳した。「ターヘル・アナトミア」というのは杉田が「蘭学事始」(こちらも展示中)の中で使った呼び名だが、実際のオランダ語版書名は「Ontleedkundige Tafelen」(写真=左)。杉田玄白が1774年に記した「ターヘル・アナトミア」の訳書。実際の解剖と比べて「ターヘル・アナトミア」の正確さに驚いた杉田玄白と前野良沢、中川淳庵の三人が翻訳に当たった(写真=右)

 海を渡って東西の医術が伝わってきたころには施術を行なう患部の図説に絵が使われていた。その後、西洋で解剖学によって徐々に人体の仕組みが解明され、それが蘭学書「ターヘル・アナトミア」となって日本に伝わり、罪人の腑分け(解剖)で、その正確さに驚いた杉田玄白らが翻訳書「解体新書」を記してからはm医療の世界における体内図がますます重要になってくる。とはいえ、当時は絵画しか体内の様子を伝える手立てがなく、絵の能力によって伝えられる内容もかなり左右されていた。

 これは模型も同じで、木で作られた正確な人骨の模型などがある一方で、人体模型によって縮尺などはまちまちになっていた。X線写真など、精密な医療画像が使われるようになったのは明治以降になってからだ。同展に並ぶ江戸から明治までの多数の史料を見ると、医学の世界がどれだけ正確な医療画像、正確な医療模型を渇望してきたかが強く感じられる。

実在の患者のスキャンデーターを元にBioTexture Modelで出力した正常な肺(右側)と肺がんの肺(左側)。左側には肺実質の中に悪性腫瘍が見て取れる

 そして、その夢に答えたのが、現代のコンピューターテクノロジーである。展覧会第1会場の最後の部屋では、CTスキャンやMRIといった撮影技術のデータに基づいた体内の様子のプロジェクションマッピングや、3Dプリンタを使ったリアルな臓器模型が多数展示され、正常な肺と肺がんの肺、正常な心臓と心筋梗塞の心臓、正常な脳と脳梗塞の脳の違いなどを先の杉本真樹氏とファソテックが開発した日本発の最新3Dプリンティング技術、Bio-Texture Modelingを駆使した実寸の透明半模型で解説している。

 さらに第2会場では心臓や脳、肺などの触れる実寸模型も置かれている。中には心臓の模型があまりに大きくて「これは本物ではないのではないか?」と驚く人が多かったので杉本氏に聞いたみたところ「これは内臓脂肪の多い、日本人特有の中年男性の心臓です。現実はみなさんが教科書やメディアで洗脳されている握り拳大のCGとは違うことを実感してもらえればと思いました」という回答が返ってきた。

 最新の3Dプリンティング技術を駆使したうえで、さらに「肺モデルはカラーモデルを斜めに配置し、癌モデルを観音開きにデザインして内面が分かるように」するなど展示方法にいたるまで工夫をこらした展覧会となっている。

実在人物の3Dスキャンデータから製作した人形に原寸大の内蔵を投影して解説するプロジェクションマッピングも必見

 ちなみに冒頭で紹介した鶴ヶ城プロジェクションマッピングでも、「あまちゃん」のスタッフが音楽を手がけていたことを紹介したが、本展の1番最後の部屋も、「あまちゃん」に幾度となく登場したパラパラ漫画の作者、鉄拳さんの「医は仁術」をテーマにしたパラパラ漫画で締めくくられている。

 2014年、ただPC本体にディスプレイを繋いで、Webブラウザや電子メールを閲覧し、事務用アプリケーションで作業するという、コンピューターの使い方は、今後もしばらくなくなることはないだろう。

 だが、ポストPC時代の今、コンピューターの最先端は、いわゆるディスプレイを飛び出して、より大きなキャンバスや、よりインタラクティブな表現、よりリアルな立体表現などを目指して多彩な進化を続けている。

 デジタル世界のクリエイターは、元来、人間の感覚に対してリアルな映像、リアルな音、リアルな触感などを提供しようとしていたはずが、20世紀まではコンピューターの性能などが追いつかず、映像や音の解像度を下げた表現しかできなかった。

 しかし、21世紀に入って、ポケットに収まるスマートフォンですら、高い解像度の映像や音でリアルな表現を可能にし、3Dプリンティング技術も発達してきた。そんな現在のコンピューターテクノロジーの最前線を知るには、こうした展覧会に足を運ぶことこそが大事だと思う。

 なお、今回の記事で紹介したようなデジタルアート作品に興味がある人で、東京在住の人は、アート情報サイト「TOKYO ART BEAT」( http://www.tokyoartbeat.com/ )、関西が近い人は「KANSAI ART BEAT」( http://www.kansaiartbeat.com/ )のトップページから「その他」を選び「ジャンルで探す」という項目から「デジタル」を選択することで検索することが出来る。

「医は仁術」展

展示期間:〜6/15(日)

時間:午前9時〜午後5時(金曜日は午後8時。入館は30分前まで。毎週月曜日休館)

場所:国立科学博物館(東京・上野公園)

公式ホームページ:http://ihajin.jp/


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