建築・製造の現場で導入が進む「HoloLens」の現状――ホロラボの中村薫社長に聞く西田宗千佳の「世界を変えるVRビジネス」(2/2 ページ)

» 2018年09月26日 06時00分 公開
[西田宗千佳ITmedia]
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現場で求められる「身体感覚の再現」

 建設業での案件が多いものの、その状況も変化し始めている。製造業への応用も増え始めたのだ。

中村 2018年3月くらいから、製造業系での案件が増えはじめています。まずは自社が持つデータをHoloLensに入れるとどうなるのか、というところからですが、漠然としたものというより、部署に特化したPoCが多いですね。製造業の場合でも、「営業支援向け」「現場支援向け」では内容が異なります。

中村 営業支援向けは、実際に「ものをその場で見せる」ものですね。大きすぎる商品なども、仮想的な実物をその場で見せること可能になるので、売り上げ向上につながるのでは……という考え方です。

中村 現場支援向けは、主に製造現場での教育と、遠隔作業支援です。コストの軽減や作業負荷の軽減が目的です。あと、工場内での機器レイアウト検討に使う例も多いですね。

 製造業のAR導入事例はいくつかあるが、中村氏は「トヨタの取り組みは、もっと表に出ていいもの」と評価する。トヨタは自社内でのVR・AR活用について相当の投資と開発を続けており、成果も上がり始めている。実際の工場において「どこにビスを打つのか」という指示から、製造・納品時に起きる事故のシミュレーションによる教育まで、多数の例で使っている。

 そのトヨタの例でも強調されており、中村氏が実際の案件の中でも重要と感じたのが「身体感覚」である。

 ARでは、実際にある物体と自分の体の大きさの関係が合わないことがある。今のVRでは、自分の手や体を動かした感覚がそのまま再現できないし、単純なARでは位置関係・サイズの問題が出る。作業をするのが「人間」である以上、人がどのように手を動かし、どこへ動くのかという「身体感覚」と映像の一体感が重要になる。

中村 JALでエンジン整備のために作られたHoloLensアプリを体験させていただいたときのことです。彼らがHoloLensを評価した理由の一つに「手が見える」ことがあったんです。彼らは「マッスルメモリ」と呼んでいたんですが、体を実際に動かすことが必要なんだそうです。手の動きや歩いた歩数、そのときどこを見ているのかを、体で覚えていくことが重要で。だからこそ、実物と同じものが「見える」ものでなくてはならなかったんです。

MicrosoftがJALとともに手掛けたエンジン整備用アプリケーション。実際のサイズで見えて、「マッスルメモリ」を生かしながら、学べる点が重視された

中村 こうした実習は、「机上」と「実物」の中間のようなものです。VRの本質は体験の共有。情報としては視覚が中心なのですが、視覚情報を落としてでも、他の体験を加味する方がいい場合もあります。

中村 逆のパターンもあります。あるお医者さんと「手術時の指の練習」をするためのアプリを開発したときの話です。そのときはHoloLensでは指の訓練向けには能力が足りないため、Oculus Riftとハンドコントローラーを使いました。やってみると「HMDでなくても良かったかもしれない」と感じたんですよ。なぜなら、内視鏡手術のための訓練だったので、結局実際の手術ではモニターを見ているんですよね。手の動きさえ訓練できればいいのであれば、モニターはHMDでなくても良かったわけです。

中村 ホロラボではHoloLensをメインにしていますが、用途によってVR MHDも含めて最適なデバイスを選択します。Oculus Goのような一体型のVRデバイスでVRが手軽になり、HTCの Vive ProやVive Focusで「Augmented Virtuality」(現実にあるものをVRの中に拡張した状態)の世界も実現しやすくなっていくのでは、と思います。

状況を把握し一歩踏み出せば「2年後にスタートダッシュ」できる

 現在、こうした産業へのARの導入は、検証の段階を経て実際の導入に移りつつある、というところだ。いまだ技術的な面では課題も多数ある。HoloLens自体も、まだまだ発展途上だ。

中村 3DモデルがHoloLensの性能に対して「重すぎる」ということはよくあります。ただ、BIMの建築物データは大きいのですが、建築物は実物が大きいので、実際に視界に入る部分はその一部。HoloLensが表示に使う情報はさほど複雑ではない。だから大丈夫な場合も多いのです。でも、面白いことに、製造業向けはそうはいかない。視界に入る大きさの物体になるので情報が密になって、表示が厳しくなります。

中村 どちらにしろ、CADからCGを起こすときに情報を間引く技術が重要になります。場合によっては、CADのデータを使わず、ゼロからCGを起こすこともありますね。要は、コストと見た目のバランスの問題なのですが。

中村 精度目標も厳しいです。HoloLensの精度で10mmは? と聞かれることが多いですが、10mmは厳しく、動けば動くほどズレが蓄積されるので、それを抑制する手段が必要です。また「IPD(瞳孔間距離)」や装着方法自体もずれになる要因です。要は、ソフトとハード・運用の最適化が全てできていないと難しいです。

 ホロラボには多数の企業から相談が寄せられる。だが、企業との案件に「2つとして同じものはない」と中村氏はいう。それぞれで必要なこと、考えていることは結局かなり異なっているからだ。

中村 HoloLensには視野角や価格、バッテリー動作時間など、デメリットは多数あります。この中で視野角に関しては実際に手掛ける企業では問題にならないことが多いです。それは時間が解決するささいな問題だと思っているからです。

中村 問題は価格とバッテリーです。実際に動かすに相当の台数が必要。デモ的なものでは、HoloLensが6から8台での運用になる場合があります。3、4台を実運用し、バッテリーやバックアップで同数があることが望ましいからです。もちろん運用方法を工夫することで台数を調整することも可能です。そこにアプリの価格も加わりますから、相応の金額になります。

中村 最初はどの方も、「自分事になっていない」のでなかなかイメージができません。でも、実際に「自社のモデルが」HoloLensで動き始めると、「何が必要なのか」「どこまで必要なのか」ということが具体的になっていきます。

中村 重要なのは「線引き」です。精度や安定度は現場に依存する部分が大きいので、やってみないと分からない部分があります。機器が増えて、どこまで費用をかけるのか・かけないのか、という選択肢が増えたことも大きいですね。HoloLensとiPadを組み合わせた例も増えています。建設現場の場合、iPadやiPhoneが既に普及しているので、それらを補助的に利用する場合も多いです。

 まだ不完全な環境でもPoCを進め、実用に一歩踏み出す企業が増えているのはなぜなのだろうか――HoloLensも、次世代モデルは遠くない時期にやってくる。他のAR機器も2年くらいで世に出てくるだろう。それを待たずに努力する企業が増えているのはなぜか? 中村氏は一言で答えてくれた。

中村 24カ月後にゼロからスタートするのか、それとも今からやって、50%でも積み上げておくのか、どちらを選ぶかということ。要は「どのくらいスタートダッシュしたいのか」ということです。今のやり方でも、検証の方法さえ分かっていれば、この先の技術で作るときにも慌てる必要はありません。

 HoloLensが「まだ不完全である」のは事実だが、ARを業務に活用しようと開発を続けてきた人から見れば、「もう十分に走りだせる状態になっている」のが分かっている。それが、冒頭で述べた「外から見える姿と、中から見えるものの違い」なのである。

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