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CRTとともに去りぬ──落とし込み式PCラックが欲しかった山口真弘の「PC周辺機器クロニクル」第4回

「落とし込み式」と聞いて、ああ、あれね、と来るユーザーは、もう少数派かもしれない。今回は、CRTディスプレイの衰退とともに姿を消したPCラックの“亜流”を取り上げたい。

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CRTディスプレイにベストマッチのPCラック

 「落とし込み式PCラック」とは、PCディスプレイを置く本体天板部に傾斜を設けることで、ディスプレイを傾けて設置できるPCラックを指す。この方式のメリットは、奥行きが数十センチあるCRTディスプレイの後部を、まるごとではないにせよ、PCラック内に格納できることにある。液晶ディスプレイがまだ高価で、一般に普及しているディスプレイといえばCRT方式が中心だった当時、その存在感をなるべく抑えてくれるこの落とし込み式PCラックは、パワーユーザーを中心に人気を集めていた。

現在ラインアップに残っている数少ない“落とし込み式PCラック”として、ロアスのRU-201がある。とはいえ、すでに限定品扱いでその入手できる機会は少ない。傾斜式の天板にCRTディスプレイを載せることで、CRTの後部を目立たなくし、かつ画面と手元の移動距離を短くしてくれるメリットもある

 部品の点数が多いため、店頭価格が通常のPCラックの2倍近くあったにもかかわらず(RU-201は定価で約3万円という価格をつけていた)、モデルによっては通常のPCラックと同等の売れ行きを上げることも珍しくなかった。大学の研究室や企業のコンピュータルームはもちろんのこと、ホームユースにおいても、巨大なCRTの存在感をなくしてくれる落とし込み式PCラックは、価格に見合うメリットのある製品として、市場に受け入れられていた。デスクの中にディスプレイが格納されている近未来的なビジュアルに、多くのユーザーが憧れたのではないかと思う。

 落とし込み式PCラックのもう1つのメリットとして、キーボードと画面が近接しているおかげで、ユーザーの視線の移動距離が少なくて済むことが挙げられる。実際には、斜め上を向くディスプレイに天井の照明が映りこみやすいという欠点もあったが、それでも店頭での人気は根強かった。量販店が作成した当時のチラシを見ると、通常タイプのPCラックと落とし込み式PCラックが3対1の割合で掲載されている。それほどメジャーな製品だった。

PCの変遷が影響するPCラックの盛衰

 今では考えられないことだが、1990年代前半にはPCの入力インタフェースがキーボードのみという構成も珍しくなかった。そのため、PCを設置するラックの幅はキーボードのサイズに多少余裕を持たせた程度の50〜60センチほどあれば十分だった。

 その後、Windows 3.1など、GUIを採用してマウス操作を必要とするOSの登場と普及により、PCラックも徐々にマウス対応の仕様へと変化していく。具体的には、折り畳み式のマウステーブルを装備したり、ラックの幅が80センチ程度に広げられた。これが1993〜1994年ごろの話だ。

 落とし込み式PCラックが“栄華”を極めるのがちょうど1990年代の半ばだった。そして、1990年代の後半から急激に衰退していく。液晶ディスプレイへのリプレースでCRTディスプレイを設置する需要がなくなったから……、ではなく、それに先立つディスプレイ一体型PCのブームがきっかけだった。

 ディスプレイ一体型PCのブームが到来するまで、PCの多くは「ピザボックスタイプ」と呼ばれる、ディスプレイを本体の上に置いて使う製品が主流だった。PC本体とCRTディスプレイが別になる構成であればこそ、ディスプレイをラックに落とし込み、PC本体はオーバートップの上、もしくは足元に設置することで、落とし込み式ラックのメリットを最大限に活用できた。

 しかし、NECの「CanBe」やIBMの「Aptiva Vision」といったディスプレイ一体型のPC、当時で言うところの「マルチメディア対応のオールインワンPC」がブームとなったことで、落とし込み式ラックは「相棒」を失ってしまう。ディスプレイとPC本体が分離できない大柄な一体型PCをラックに落とし込むという方法が物理的に無理があるばかりでなく、存在感をなくすという落とし込み方式のメリットが必要とされなくなったのだ。

“CRTを組み込んだ”一体型PCのブームのきっかけとなった「CanBe」(写真左)と「Aptiva Vision」(写真右)

 また、当時普及し始めたばかりのCD-ROMドライブの存在も、落とし込み式ラックにはマイナスに作用した。CD-ROMドライブを傾けた状態で設置すると、メディアがうまく読み込めなかったり、正常に取り出せないといったトラブルが起こり得るからである。

 ディスプレイ一体型PCの(時期的には短かったとはいえ)爆発的なブームに乗れなかったことは、ある程度のシェアを維持してきた落とし込み式ラックにとって、致命的ともいえる打撃となった。ちょうどそのころ木目調のPCラックが量販店の定番となり始めたことで、落とし込み式のラックは台頭してきた木目ラックと入れ替わるように店頭展示から外れ、そして、主役として復活することはついになかった。

 ちなみに、ディスプレイ一体型PCのブームもその後数年で終息するが、すでにCRTディスプレイそのものが市場から姿を消しつつあったため、落とし込み式ラックが見直されることはなかった。さらに21世紀になってからは、ノートPCのシェアがデスクトップPCを逆転したことで、落とし込み式のラックの需要はほとんどなくなってしまった。PCラックの大手であるエレコムでさえ、現在では、法人向け製品が何点か残っているのみである。

 こうした製品の移り変わりを「時代の波に飲み込まれた」と表現するのは簡単だ。しかし、こうした“亜流”な製品には、その時代に存在していたテクノロジーの変遷とその時代が持っていた空気(“ノリ”という言葉に置き換えることができるかもしれない)を、強烈に感じ取ることができる。それは、十数年前のこととは思えないほど鮮明で、そしてなぜか哀しい。

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