宇宙開発委員会 池上氏と牧野弁護士が語る“イノベーションのヒント”AR Commonsイベントリポート

» 2010年04月16日 10時45分 公開
[山田祐介,ITmedia]

 AR(拡張現実)の課題を議論し、普及を推進する団体・AR Commonsが開催した討論会「つるつるの未来とでこぼこの現実」で、宇宙開発委員会・委員長の池上徹彦氏と、ITや企業のコンプライアンスに詳しい牧野二郎弁護士が、“日本のイノベーション”に関する課題や思いを語った。

 先進的な技術を持ちながら、世界的なスタンダードを築くことができずに「ガラパゴス」とも揶揄されることのある日本の産業。既得権益を維持するために、いわゆる“創造的破壊”のサイクルが起こりにくいといった指摘もしばしばある。今回の対談は、日本発のスタンダードを築ける可能性もあるARという新技術を発展させるためにも「イノベーションを起こしやすい環境作りに向けた議論」が必要との問題意識から企画された。発言の全容は会場を提供した内田洋行のUstream動画(http://www.ustream.tv/recorded/5823997)で確認することができる。本記事では、対談で語られた両氏の意見をまとめる。

「主語を置いてイノベーションを考えるべき」――池上氏

photo 池上徹彦氏

池上氏 イノベーションについては総合科学技術会議などをはじめ、ここ10年ほど真剣に議論してきたんですよ。しかし、私は最後まで満足できなかった。なぜなら、イノベーションの定義もなく感覚的な議論に終始していたから。アメリカのリポートを参照したり、垂直磁気記録方式やチタン触媒の技術といった過去のイノベーションの成功例の話をしているばかりで、僕にとっては、時間と空間の固定された「遠近法で描かれた絵」のような感じだった。

 私は、「主語を置いてイノベーションを考える」ことが基本的に求められる姿勢だと思うのです。ある日東急ハンズで“Do It Yourself”と書かれているのを見て、「そうか、“Do Innovation Yourself”だ」と思いつきました。つまり、「あなたにとってのイノベーションは何なんですか?」という視点で考えるべきなのです。

 そして、私が一番関心があるのは、研究者や技術者にとって“Do Innovation”とはなんであるか。その答えを結論的に言うと、「アントレプレナー(起業家)マインドを持つ」ことだと思います。アメリカの優秀なプロフェッサーは、成功しているかは別として、みなベンチャーをやっている。数学者でも、面白いセオリーを思いつくと「それで自分が幸せになることはできないか」と考える。しかし、日本はそういう面が薄い。大学の先生の中には特許を取ればそれが商品になると考えている方もいるが、権利の話と、それがビジネスになるのかの話は違うわけです。起業家の視点に立てば、「強い特許を作ろう」という話になる。

 あと、日本では「お金がきたないもの」と思われる節があるのもイノベーションにとってよくないことです。どうしてベンチャーをはじめるかと聞かれて「お金」というと、好ましくないということになる。お金を稼ぐ人が尊敬されないのです。こうした状況を変えるにはイノベーショントラックが必要でしょう。例えばビル・ゲイツはこれまでずいぶんと叩かれてきましたが、今は財団を作って慈善活動をしている。そういった“上がりのストーリー”がないために、日本では金儲けがあまり好ましく思われないのではないでしょうか。

 イギリスの人間と話をして面白かったのが、みんな「ポルシェに乗りたい」というんですよ(笑)。ポルシェに乗るためにベンチャーを頑張ると。それでもいいと私は思います。ただ、その先のストーリーがないといけない。イギリスだったら最後は篤志家になる、イタリアなら美しいものに金を出すというようなことです。

「消費者と生産者」から「参加者と集約者」へ――牧野氏

photo 牧野二郎氏

牧野氏 私自身は「自己責任」の発想が徐々に見えてきたことに、イノベーションの可能性を感じています。日本では、商品にしてもサービスにしても、「完璧なものを完璧な契約で提供する」というのが今までのやり方。分厚い約款の内容と1つでも違いがあったら訴訟ということになる。消費者と商品の提供者が対立関係にあって、消費者は「まずいものを食わせたらゆるさんぞ」という気持ちでいる。そして役所は「とにかく安全に。2重3重のセキュリティーをかけてください」と言うわけです。するとコストが膨大にかかり、料金に跳ね返る。あまりにも過保護主義ではないかという印象を受けます。また、メリットやデメリットを自覚しようとしている市民に対して、そのためのツールが与えられていないとも思います。

 一方でアメリカでは、メーカーと消費者という対立構造ではなく、参加者と集約者という関係が生まれているように思うのです。消費者がリスクもあり得ることを承知し、「では、メリットを大きくするにはどうすればいいか」という議論を企業が吸収して、改善の動きにつながる。こうした動きが、GoogleなりAppleなり、新しいことをやってきた企業の原動力になっているのではないでしょうか。

 そして、あんなに弁護士が多くいる国で、プログラムがしょっちゅう変更されるような、事故が起きてもおかしくない環境の中で、実は訴訟はあまり起きていない。これはなぜなのか、と思います。参加者が「こういう危険、失敗例がある」という前例を共有し、企業が解決し、サービスが洗練されていくという、Web 2.0的なものづくりの世界で、アメリカは最前線にいるのでしょう。

 ARの世界も、さまざまな問題が出てくる可能性がありますが、法律などの公的なものでがちがちに縛り、安全を確保するという発想では、発展の息の根を止めてしまいかねないと考えています。

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