成功の鍵を握るHTML5とYouTubeの新型広告(前編)ネットワークモデルに移行するメディア産業(2/2 ページ)

» 2010年11月16日 16時41分 公開
[小林雅一(KDDI総研),ITmedia]
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iTunesはもうすぐクラウド化する

 先を行くAppleは今年の秋、米ノースカロライナ州に巨大なデータセンターを完成させ、「iTunesのクラウド化」に向けて秒読み態勢に入っている。これまでのiTunes(App Store)では、基本的に各種アプリやコンテンツを、ユーザーが手元のモバイル端末(iPhoneやiPad)にダウンロードして使っていた(このように端末にダウンロードして使われるアプリは、一般に「ネイティブアプリ」と呼ばれる)。しかし近い将来には同じ機能が、HTML5で制作された「Webアプリ」として提供され、音楽や映像など各種コンテンツもアップルのサーバからストリーミング配信される。

 これは私たちユーザーにとっては好ましい変化だ。なぜならサーバ上にアプリやコンテンツが保管されれば、ユーザーはモバイル端末(デバイス)の限られたHDD容量を節約できるし、どんな場所からでも、どんなデバイスを使っても、ネット経由で音楽やゲームなど各種サービスを利用できるからだ。

 しかし逆にAppleの立場から考えると、この動きにはふに落ちない面がある。確かに同社は、HTML5の発起人である以上、それを支持してもおかしくはない。が、それだけではiTunesをクラウド化する理由として不十分と言わざるを得ない。なぜならiPhoneやiPadなど最近のApple製品が大成功を収めたのは、iTunesの閉鎖性が多大な貢献をしているからだ。前述のように、iTunes(App Store)上のアプリは、Objective Cという独自言語で開発されるため、Apple製端末の上でしか使えない。そもそもiTunesというサービス自体が、他社製の端末では使えないのだ。従ってiTunesという魅力的なサービスを使うためには、消費者はApple製品を購入せざるを得ない。

 これに対しHTML5で製作されたWebアプリやコンテンツは、ブラウザさえ搭載されていれば、どんなメーカーのどんなデバイスからも使うことができる。ソフト開発業者はひとたび、アプリやコンテンツをHTML5で作るようになれば、それはもはやiTunesに縛られることなく、他社のプラットフォームから提供することもできる。最悪の場合でも、自らのWebサイト上で自主公開すればいい。つまりiTunesのクラウド化(Webアプリ化)によって、Appleは周到にソフト開発業者を囲い込んだフェンスに自ら裏口(抜け穴)を設けて、彼らを広々とした自由世界へと逃がしてやるようなものだ。

AppleはなぜiTunesをクラウド化するのか

 ではAppleはなぜ、あえてそんなことをするのか? それは自分たちがやらなくても、どこか別の企業がiTunesのフェンスに“抜け穴”をこじ開けてしまうからだ。その先陣を切るのはGoogleであろう。同社は年内、早ければこの秋にもChrome Web Storeというオンライン・マーケットを開設する見込みだ(図3)。これはGoogle版App Storeとでも呼ぶべき存在だが、両者の違いは、Chrome Web Storeから提供されるアプリは、全てHTML5で製作されたウエブ・アプリであることだ。

 Chrome Web Storeは、2009年から話題になっているChrome OSのリリースに合わせて開設される。しかし、Chrome Web Storeから発売されるWebアプリは、HTML5で製作されている以上、原理的にはChrome OSに縛られることなく、どんなOSやブラウザからも使うことができる。要するにWebアプリとは、動的な要素を備えたWebサイトのことだ。Chrome Web Storeとは、そのような多数のWebサイト(Webアプリ)へのゲートウエイ的な役割を果たすが、当然、そこには認証・課金機能が用意されている。Chrome Web Storeにアプリを出品するソフト開発業者は、この機能を使ってユーザーからサイト(アプリ)の使用料金を徴収できる。

Photo 図3 GoogleのChrome Web Storeの実体は「動的なWebサイト」へのゲートウエイだが、外見上はiOS向けのようなアイコンの形をとっている。

 Chrome Web Storeが最初からiTunes(App Store)並みの人気を集め、多数のソフト開発業者を引き付けるとは思えない。しかしiTunes(App Store)の厳しい審査に閉口した業者は、徐々にChrome Web Store向けのWebアプリを開発するようになる。そして遠からず、他の業者もこれと同様のマーケットを開始するだろう。すでにMozillaは、「Open Web Apps」と呼ばれるWebアプリ市場の準備を進めている。つまりHTML5がiTunesに対抗する最強のオープンプラットフォームであることが理解されるにつれ、ソフト開発業者はネイティブアプリからWebアプリへと、開発の重点をシフトして行くだろう。なぜならWebアプリにしておけば、iTunesのような1つのプラットフォームに拘束される心配がなくなるからだ。

 この傾向が進むほど、ネイティブアプリのマーケットであるiTunes(App Store)の売り上げや存在感は低下する。それが進み過ぎて手遅れになる前に、Apple自身がiTunesのオープン化(Webアプリ化)に着手し、それに合ったビジネスモデルに移行することにしたのだ。恐らくAppleは、Chrome Web Storeがオープンしてから、それほど間を置かずに、Webアプリ対応のiTunesをリリースするだろう。

 もちろんAppleは、iTunes(App Store)を一挙に全部、Webアプリに切り替えるようなことはしない。そんなことをすれば、これまでObjective Cでネイティブアプリを開発してきたソフト開発業者から猛反発を食らうだろう。またHTML5の機能がどれほど発達しても、いまだにネイティブアプリでしか実現できないこともある。従って、Webアプリ(クラウド)への移行は段階的に実施される。Appleは当初、ソフト開発業者に、ネイティブアプリとWebアプリの両選択肢を提示するだろう。どちらを選ぶか(あるいは両方やるか)は、開発業者の判断に任される。その後、iTunes上でWebアプリが優勢になれば、Appleはその流れに身を任せるだけだ。

Appleの勝算はいずこに?

 このように素早く適切に対応すれば、iTunesをクラウド化しても、AppleはGoogleやMozillaなどのWebアプリ市場に十分、対抗して行ける勝算がある。なぜならAppleは、すでにiTunesによって1億2000万枚以上のクレジットカード情報を蓄えているからだ。この膨大な認証・課金データベースを使えば、AppleはWebアプリ事業において、スタート時点から競合他社よりも優位な立場に立てる。

 いずれにせよ、GoogleやAppleが成功すれば、その後を追って多くの企業がWebアプリのマーケット事業に参入して来るだろう。つまり過渡期にあるコンテンツ産業が、Apple一極の業界構造から、より多くのプレイヤーが参加する多極的な構造へと転換する。ここに日本のキャリアから見た大きなチャンスが生まれる。なぜならキャリアは、iTunesに匹敵する膨大な顧客データベースを蓄えており、これを使ってWebアプリに課金できるからだ。また過去に携帯電話用の公式サイト事業で培ったノウハウを応用すれば、日本のユーザーにマッチしたWebアプリを提供する点で、Appleよりも優位に立てる。

 さらにソフト開発業者に対しても、Appleより好条件を提示できるだろう。これまでの公式サイト事業では、その売り上げをキャリアとコンテンツプロバイダが分け合う際の分配比率はおよそ1対9だ(厳密にはキャリアによって異なる)。これをそのままWebアプリにも転用すれば、iTunesの3対7に比べ、コンテンツプロバイダー側に有利だ。つまり日本のキャリアがHTML5の可能性に着目し、これを使ったWebアプリ事業に参入すれば、それはAppleのくびきからメディア/コンテンツ産業を開放し、彼らに対し新たな収益源を提供することにつながる。

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