電力の8割を自給自足する先進県、小水力発電と木質バイオマスが活気づくエネルギー列島2016年版(16)長野(2/4 ページ)

» 2016年08月09日 09時00分 公開
[石田雅也スマートジャパン]

大きな用水路は4カ所に発電設備

 南アルプスの裾野に広がる南部の伊那市でも、農業用水路を利用して「美和小水力発電所」が2015年9月から運転を開始している。用水路に設けたヘッドタンクから発電所まで、56メートルにわたって地中に水圧管路を埋設した(図5)。発電所の地下に設置したスクリュー式の水車発電機に水を流し込んで発電する仕組みだ。水流の落差は13メートルで、最大12kWの電力を作ることができる。

図5 「美和小水力発電所」の建屋と水車発電機(上)、小水力発電の仕組み(下)。出典:長野県農政部

 年間の発電量は9万3000kWhを見込んでいて、一般家庭の26世帯分に相当する電力になる。この小水力発電所でも利用できる水量が安定しているために、設備利用率は87%と高い。用水路は険しい山のあいだを縫って13キロメートルの距離を流れている。ほかの場所でも小水力発電を実施できる可能性がある。

 大きな農業用水路には勾配を調整する「落差工(らくさこう)」と呼ぶ階段状の場所が何カ所も設けられていて、小水力発電を実施するのに適している。長野県の中部を流れる梓川(あずさがわ)の右岸に沿って幹線の用水路がある。数多くある落差工のうち4カ所に小水力発電設備を設置する計画が進行中だ(図6)。

図6 「梓川右岸幹線地区」の小水力発電プロジェクト(画像をクリックすると拡大)。出典:長野県農政部

 いずれも落差は2〜3メートル程度と小さいものの、幹線の用水路であるため横幅が6メートルもあって流れる水の量が多い。農耕期に毎秒1.5立方メートル、かんがい期には2.5立方メートルまで水量が増える。1カ所あたりの発電能力は農耕期で35kW前後、かんがい期で45〜50kW程度を見込める。

 4カ所すべてに小水力発電設備の設置を完了すると、発電能力は合計で192kWになって、年間に140万kWhの電力を供給できる。すでに1カ所の落差工で2016年6月に運転を開始した。続いて3カ所で同様の小水力発電設備が稼働する予定だ。発電した電力は固定価格買取制度で売電して、水門の電気代など施設の維持管理費の軽減に役立てる。

 県の支援で各地の農業用水路に小水力発電が拡大する一方、村が民間企業と共同で小水力発電に取り組む例もある。北部の高山村(たかやまむら)で2015年10月に運転を開始した「高井発電所」である。川の土砂災害を防ぐために設けた砂防堤堰(ていせき)から水を取り込んで発電に利用している(図7)。

図7 「高井発電所」の小水力発電設備。出典:日本工営

 砂防堤堰は川の上流の山から流れてくる土や砂をせき止めながら、水と一緒に少しずつ土砂を下流に流して災害を防ぐことが主な役割だ。高井発電所は高さが36メートルある堤堰の上部に穴をあけて、そこから取り込んだ水を水車発電機に送って発電する。

 大きな落差と水量を生かして発電能力は420kWにもなる(図8)。年間の発電量は270万kWhを見込んでいて、一般家庭の750世帯分に相当する。高山村の総世帯数(2300世帯)が消費する電力量の3割以上を供給できる。

図8 砂防堤堰と川の下流(上)、取水設備と水車発電機(下)。出典:長野水力、日本工営

 この川を流れる水は火山に由来する成分によって酸性が強く、飲料水や農業用水には使えない。酸性度を示すpHが3.1と低いため、発電設備にも対策が必要だった。水車発電機は腐食しにくいステンレス製を採用したほか、水を送り込む水圧管にも腐食や摩耗に強いFRPM(強化プラスチック複合)管を使っている。

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