ITmedia NEWS >

情報の価値ITソリューションフロンティア:視点

» 2004年08月20日 00時00分 公開
[山田浩二,野村総合研究所]

 孫子の兵法で知られる「彼を知りて、己を知れば、百戦して殆うからず」の言葉のとおり、正しく情報を把握している者が勝ちを収めるのが世の常である。たとえば有名な桶狭間の合戦で、兵力で劣る織田信長が今川義元を破ることができた裏には、信長の情報収集力があったと言われる。

 三河を抑えた今川義元は、支配の安定のため、尾張にあった鳴海、大高の2つの城を奪取した。当然のことながら、尾張を平定していた織田信長と対立する。信長は鷲津、丸根、丹下、善照寺、中島の砦に兵を送り込み、2つの城を封鎖にかかった。これが桶狭間の合戦の背景である。2城の救援に出た今川勢の兵力は数万と言われるが、本隊は数千人程度にすぎない。信長はその動きを注意深く観察していたに違いない。また、今川軍が陣取った桶狭間は、大軍の移動に適さない山間の狭い道である。今川軍に対する信長の奇襲は無謀とも思えるが、信長にはさまざまな情報に基づいた確信があったのであろう。交戦の直前には豪雨があったとされているが、これも信長には幸いした。奇襲を受けた今川軍が態勢を立て直そうにも、狭い道では兵を集中させにくく、またぬかるんだ深田に足をとられて思うように動けない。激戦のなかで、服部小平太が義元に斬りかかり、毛利新介がその首を討ち取った。

 戦いの後の論功行賞をみると、信長がいかに情報を重視していたかがうかがえる。信長は義元を討ち取った毛利新介ではなく、義元の居所をつかんだ梁田政綱を第一の功労者として三千貫の所領を与えたという。信長は「戦は情報戦だから、情報を伝えたものが第一の功労者だ」と言ったとのことである。

 現代は情報化社会と言われて久しい。毎朝、新聞を読むことから始めて、テレビ、インターネットなどから得る情報量は相当なもので、まさに情報の氾濫の中に身を置いているようなものである。一説によると、社会人は1日に原稿用紙1,000枚分くらいの情報に接しているとも言われる。

 人間の脳は、長期的な思考能力として、複雑なことを論理的に考えることができるし、潜在意識下で課題を解決する“ひらめき”という能力ももっている。しかし短期的な記憶能力としては、一度に7つ程度のことしか覚えられないと言われる。無関係な単語を20個読み上げ、覚えている単語を答えさせる実験を行うと、たいていの人は5〜9個の単語しか覚えていない。まれに全部覚えている人がいるが、そういう人は単語を物語のようにつなげて、一塊として覚えているのである。

 多すぎる情報は雑音でもある。経営判断に雑音を入れたくないということで、情報を制限する経営者の方もいる。多くの情報から意味を見つけ出すには、他の情報との比較や関連付け、因果関係の分析などが必要である。それには、分析方法も含めた知識が必要であり、予備知識がない人にとっては、加工されていない情報は雑音でしかないかもしれない。また、相互に関係のない情報を並べて報告されても判断は難しい。逆に、いつも注意深くウォッチしている情報であれば、分析する用意があるので、断片的であっても大きな意味をもつ可能性がある。雑音としての情報を制限するというのは、このようなことではないだろうか。

 ここ数年のヒット商品(液晶テレビ、デジカメ付携帯電話、高級おにぎり、高機能マスカラなど)をみると、価格に占める情報コストの割合が大きいように感じる。ここで言う情報とは、アイディア、技術、デザイン、機能、ブランド、ノウハウなどの集合体である。物質的に充足している消費者がさらに何かに対価を払うには、精神的な満足が必要である。消費者が何を望んでいるかという情報を知れば、どうしたら精神的な満足を与えられるかがわかると考えるのは短絡的だろうか。そのためには消費者の意見も含めたさまざまな種類の情報を収集し、雑音を排除して蓄積し、それを組み合わせて高い価値のある情報に体系化する、一歩進んだナレッジマネジメントが必要になっているのではないだろうか。

 先端的なナレッジマネジメントのなかでも、消費者の声という主観的な情報をダイレクトに収集して利用する新しい手法として、テキストマイニングが認知されつつある。テキストマイニングとは、数値データの代わりに文章を解析して、どんな消費者がどんなことを言っているのかという情報を、コンピュータを使って取り出す手法である。消費者の行動を観察し、その結果を把握するのがデータマイニングの役目だとすると、消費者の行動の理由を把握するのがテキストマイニングだと言えよう。「データマイニングを使えば死に筋はわかるが、売れた理由はわからない」とよく言われる。売れ残った商品が死に筋であることは結果的にわかるが、売れ残った理由はわからない。また、よく売れた商品にしても、消費者がなぜそれを買ったのか、本当の理由はわからない。本当は他の商品が欲しかったのに妥協してそれを選んだのかもしれない。本当の理由は、その消費者に聞いてみなければわからないのである。

 コールセンターの利用やインターネットの普及などによって、消費者の苦情や本音など膨大な情報が集まるようになってきた。まさに消費者の苦情を宝の山に変えるチャンスである。多様化の時代と言われる現代、万人を満足させる製品を開発することはなかなか難しいが、消費者の立場に立ってヒット商品を生み出すことは可能なはずである。企業は市場で厳しい競争を行っている。情報の価値を認識し、得られた情報を使っていかに商品に付加価値をつけるかが、競争に勝つポイントではないだろうか。

Copyright (c) 2004 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission .



Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.