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オンラインによる未来予測:ブッシュ再選の確率は…?e-Biz経営学

» 2004年10月20日 19時37分 公開
[水野誠,筑波大学]

 今年の11月4日に米国大統領選挙の投票が行われます(海の向こうの選挙より、同じ日に結論が出る、プロ野球への新規参入が認められるかどうかのほうに関心がある人もいるかもしれませんが…)。現時点での世論調査によると、現職大統領のブッシュに対してケリー候補が激しく追い上げており,予断を許さない状況のようです。世論調査がどれだけ正確かについては、調査対象者が実際に投票者の正しいサンプルになっているか、調査の集計方法が米国大統領選挙の複雑な仕組みを反映しているか、調査時点の態度が投票日まで変わらないかなどが気になるところです。

 選挙結果のような不確実な出来事を世論調査よりも正確に予測するシステムがある――と主張する研究があります[1]。それは、インターネット上に仮想的な証券市場を作り、専門家たちにいわば「未来の出来事」を売買させることで、より正確な予測を得ようというシステムです。実はインターネットが登場する以前から、米国にはそうした仕組みの選挙予測が存在し、かなり高い予測精度をあげてきたということです。

 原理は簡単です。たとえばブッシュが再選されると1000円配当がもらえ、落選したら何ももらえない証券を発行したとします。あなたはブッシュが再選される確率が90%だと予想しているとして、その証券の市場価格が500円だとしたら、どうしますか。おそらくあなたは、この証券をどんどん買うはずです。なぜなら、選挙の結果が出たときにあなたがもらえる配当の期待値が、現在の出費よりはるかに多いからです。

 さて、市場では需給が一致するよう価格が調整されるとします。あなたがその証券を買い続け、また同じように動く人が増えていくなら、この証券の価格はじりじり上がっていくでしょう。それは価格が900円近くになるまで続くはずです(リスクプレミアムは小額と考えます)。その一方で、ブッシュの再選確率はそれほど高くないと予測する人々が証券を売りに出すので、価格上昇が抑制されるか、場合によっては価格を押し下げる可能性もあります。そのうち両者の力が拮抗し、需給が一致する価格に到達することになります。

 こうして市場で最終的に実現する価格が、ブッシュが本当に再選される確率を正しく反映したものになる――というのが仮想市場システムに期待されるストーリーです。ただし実際にそうなるためには、市場に参加している人々が予測対象について十分な情報と知識を持ち、しかも彼らが「合理的」に行動するという条件が必要です。果たしてそれが現実的かどうか、実験経済学や行動ファイナンスの研究成果を踏まえると、私は大いに疑問を感じます[2]。しかしこのシステムの提唱者たちは、選挙以外にも新商品の売上げ予測など、これまでいろいろな分野で高い予測精度をあげてきたと自信を示します。結局このシステムの適用がうまくいくかどうかは、知識を持った専門家を集められるかどうかにかかっていると思われます。

 何でも賭けの対象にするので有名なイギリスのブックメーカーは、もちろん米国の大統領選挙も対象にしています。こうしたギャンブルは、最終的に多くの人々が損すれば少数の人々が大儲けできるので、沢山の無知な人々が参加したほうがよいはずです。しかし、仮想市場システムでは、特定の専門家に参加を限定するほうがうまくいくと思われます。さもないと、選挙戦をある候補に有利に導くため、その候補が勝つという証券を大量に買って値を吊り上げ、実際に勝ちそうだという世論を形成する策謀が起きかねません。国防総省はクーデターやテロが今度どこで起きるかを予測するためこのシステムを研究しているとのことですが、テロの予測が世の中に流れたらパニックになるでしょう。ましてテロリストが仮想市場に参加できたりすると、大変なことになります。

 ところで、仮想市場での売買には、実際のお金が使われないことのほうが多いようです。参加者たちはオモチャのお金で本気になってくれるでしょうか。これは、小学校から株の取引を学び、一般市民のデイ・トレーディングがさかんな米国ならではのことのように思えます。日本人を熱中させるにはむしろ、予測パフォーマンスの順位が高い人々を表彰するとか、段位を与えるとか、別の設定のほうが有効ではないでしょうか。つまり、長期のコミットメントの下での競争メカニズムです。

 私は以前、インターネット上でのJ-POPヒット予測コンペティションの実験に携わったことがあります[3]。この実験の参加者は毎週サイトを訪れ、今後発売される予定のJ-POPのCDのリストを見て、それぞれが発売されたときチャートのトップ10に入るかどうかを予測します。いくつかのCDが発売された後、予測パフォーマンスが上位の人は(まるでゲームセンターのように)ハンドル名が掲示され、最終的な順位次第で豪華賞品を獲得できます。それが参加者にとって予測を(他の参加者以上に)当てたいというインセンティブになります。実験の結果、たしかに予測を比較的コンスタントに当てる人々がいることが分かりました。彼らにコミットし続けてもらえれば、ヒット予測、あるいはヒット商品を生み出す戦略にとって重要な情報源になると期待されます。

 一方、予測パフォーマンスの低い人は賞品をもらえる確率がほとんどなくなるので、次第にコンペから去っていくはずです。これは実際の組織でも起きていることで、たとえ退出しなくても発言力は低下していきます。さらにいえば、自然界での自然選択=進化も同じ原理です。このコンペは、こうした仕組みを人工的・加速的に行なったものといえます(あるいは「人間による」遺伝的アルゴリズムともいえるでしょう)。仮想市場と違い、同じ人が何度も予測を繰り返さないとそうしたメカニズムは働きませんから、参加者が一定期間コミットしている間に、頻繁に起きる現象を予測対象とする必要があります。

 原理的な仕組みが「市場」であれ「自然選択=進化」であれ、本来リアルに行なわれていたことがITによって増強・加速されるようになったといえるでしょう。こう書いているうちにも、どこかでオンライン予測システムが米大統領選挙の結果を予測しているかもしれません[4]。あるいは、日本のプロ野球に新規参入があるどうか…。あるいは、どこで次にテロが起きるのか…。そうした予測がどうリアルに使われるのかも気になるところです。

参考文献

[1] 概要はMartin Spann and Bernd Skiera, Taking Stock of Virtual Markets, ORMS Today, October 2003, 30(5), pp.20-24で紹介されています。全文をこちらのサイトで読むことも可能です:

[2] 読みやすい邦語文献としてリチャード・H・セイラー『市場と感情の経済学』ダイヤモンド社、1998;多田洋介『行動経済学入門』日本経済新聞社、2003;加藤英明『行動ファイナンス』朝倉書店、2003 などがあります。

[3] 詳しいことをお知りになりたい方は、水野 誠「J-POPのヒット予測」、朝野熙彦編『魅力工学の実践』海文堂出版、2001、pp.121-139をお読みいただけましたら幸いです。

[4] 本稿執筆後,2004年10月17日付の朝日新聞に,アイオワ大学では1988年以来,米大統領選挙を対象にした先物市場を運営しているという記事を見つけました。現地時間で15日深夜の相場では,ブッシュの再選確率は58%とのことです。

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