生成AIを活用した業務効率化や新規ビジネスの創出が模索される中で、一部の先進的な企業は自社のビジネスに本格的に組み込むフェーズに突入している。語学系の出版物やデジタルコンテンツ、Webサービスの企画、制作、販売を中心に事業を展開するアルクもその一社だ。
2024年に創業55周年を迎えた同社は、スマートフォンアプリから集まるユーザーデータや、これまでに蓄積された語学学習データ、その他社内にあるさまざまなデータを集約した上で生成AIを活用し、高度なデータ分析や新規商材の企画に役立てるプロジェクトを進めている。
このプロジェクトを率いるキーパーソンに、データ活用基盤と生成AI活用の土壌を整備するまでの道のりと未来を聞いた。
アルクのサービスに生成AIの活用を考えた背景について、プロジェクトを率いる服部浩之氏(技術開発部 部長)はこう語る。
「語学サービスを中心に長年事業を続けてきた当社には大量のデータが蓄積されています。2020年ごろからは語学学習のスマートフォンアプリをはじめとしたデジタルサービスにも注力していて、そこでも多くのデータが生まれています。サービスを向上させる上で、次のステップとしてより高度なデータ活用をしなければいけないという問題意識を持っていました」
同時に、近年注目される生成AIを活用したいという思いもあった。すでに、TOEIC対策アプリ「Santaアルク」などのスマートフォンアプリには、ユーザーの回答傾向の分析やパーソナライズを行うAI機能を実装していた。しかし従業員が業務で日常的に生成AIを活用できる環境は整備できていなかった。
「機密情報を入れない範囲で文書作成をするなどの生成AI活用は進んでいましたが、より高度なことをしようとすると機密情報の漏えいにつながるリスクがあります。そのため、生成AIの活用を発展させるには従業員も会社も安心して使えるセキュアな環境を整備する必要があると考えていました」と服部氏は説明する。
同プロジェクトに取り組む以前から、アルクはサービスを提供するために複数のクラウドサービスを利用していた。
あるスマートフォンアプリのバックエンドにはA社のクラウドサービスを利用し、そのアプリで生まれるデータやアプリストアでの販売データを、分析するためにETLでB社のデータウェアハウス(DWH)に毎日移行していたという。
「ETLツールの費用が別途かかる上に連携がうまくいかないこともあり、非効率な状況になっていました。データが複数のサービスに分散して存在していることも、セキュリティ対策の面からリスクになり得ると考えていました」
こうした課題を解決するため「Microsoft Azure」専門のインテグレーターであるAZPowerとタッグを組んで、Microsoftのデータ活用基盤サービス「Microsoft Fabric」とAZPowerの生成AIサービス「PowerGenAI」を導入することに決めた。
Microsoft Fabricはデータ活用に必要な機能を統合したSaaS型のプラットフォームだ。データの取得から処理、分析、可視化まで一気通貫でできる。可視化にはBIツールの「Microsoft Power BI」を利用できる。「Microsoft Fabricがあれば、ETLツールを使わずにデータを取り込めて、PowerBIで可視化まで完結できます。データ活用基盤の構造がシンプルになるところに魅力を感じました」と服部氏は話す。
PowerGenAIは「Azure OpenAI Service」を利用した生成AIサービスだ。自社でチャットbotの構築や独自の生成AIアプリ開発などが簡単にできる。プロジェクトマネージャーとしてプロジェクトに携わったAZPowerの森村淳氏(クラウドアプリケーション開発本部 プロジェクトマネージャー)は、Microsoft FabricとPowerGenAIの連携についてこう説明する。
「Microsoft Fabricは構造化・非構造化データを統合した巨大なデータ基盤の仕組みを提供可能とします。ここにPowerGenAIを連携させることで、RAG(検索拡張生成)を活用した高度かつ広範な情報検索が可能になります。大量の社内ナレッジや過去のプロジェクトデータをMicrosoft Fabricに集約し、従業員が『過去3年間の類似事例を教えて』と質問すると、適切なドキュメントや要点を自動抽出し、要約して提示することも可能となります。これにより、業務の効率化だけでなく、社内すべてのデータを用いたナレッジの再活用も加速します」
アルクと十全な擦り合わせを行うことで適切なセキュリティを担保しながらMicrosoft Fabricの導入ができたという。
「複数のデータソースを一つのプラットフォームで管理することで、運用やメンテナンスが容易になり、システム全体の効率が向上します。そして、データを統合・正規化することでデータの一貫性が保たれ、品質の向上やエラーの低減、アクセス制御や監査、コンプライアンスの管理が一元化され、セキュリティ対策が強化されます」(森村氏)
プロジェクトは2024年春にスタートし、Microsoft FabricとPowerGenAIの基盤整備から利用開始まで約1年と短期間で実現している。プロジェクトにかかわった人数は、アルクは服部氏含めて2人、AZPowerは森村氏を含めて4人と小規模のチームで実現できた。
基盤整備に当たっては、まずアルクが持つシステムやツール、業務フローの把握から開始した。その後、Microsoft Fabricのデータレイクハウスにデータを少しずつ移行。さらにそこからMicrosoft FabricのDWHにデータを取り込み、Power BIでレポートを出力。Power BIで出力したレポートと、元々使っていた他社のBIツールで出力したレポートを比較して、求める結果が出るように調整を重ねた。
現在Microsoft FabricとPowerGenAIは、マーケティングやアプリケーション運用、新規事業開発など一部のチームを対象とした活用が始まったばかりだ。アルク全社への本格的な展開や新規サービスの創出に生かすのはこれからだが、すでに成果が出ているものもある。
アプリストア内での販売実績やWebサイトのアクセス集計などのデータを見るには、これまでは部門単位で他社のBIツールやExcelのピボットテーブルを使って手作業で収集、可視化していた。このデータ活用基盤ができた今は、PowerBIで簡単に出力できるようになった。全てのデータを集約したことで従来使っていたBIツールの結果の一部に誤りがあったことも発見できている。
「今は従来のレポートを踏襲する形で出力していますが、従業員から『本当は違う形式で欲しい』『このデータは取れないのか』といった要望が出ているので、当社のメンバーが少しずつ対応を始めているところです。今後はPowerGenAIの生成AI機能もより積極的に使うことで、データ分析やレポート作成にかかる工数をさらに削減できる見込みです。今後は必要な結果を一発で出力できるところまで持って行きたいですね」と服部氏は話す。
社外向けの新規サービスとして、法人の人事部向けサービスも構想しているという。「例えば履歴書を生成AIツールに読み込ませてスキルなどをスコア化し、採用や人材育成に活用していただけるようなサービスを構想しています。まずは社内で試験的に利用するところから始めますが、今後お客さま向けに提供したいと考えています」(服部氏)
またアルクは、これまで利用してきた他社のグループウェアやチャットツールをMicrosoftのオフィススイート「Microsoft 365」に移行したという。「これによりMicrosoft Fabricとの連携もスムーズになり、コスト削減にもつながりました」と服部氏は話す。
服部氏はこのプロジェクトを、「AZPowerの協力なしにはできなかった」と評価する。「当社はこれまでMicrosoft Azureを使った経験があまりありませんでした。私たちが不慣れな部分をAZPowerさまにサポートしていただき、一緒に協力して進められました」と振り返る。
AZPowerは今後もアルクを支援しつつ、“自走”できる仕組みもつくっていく。「データ活用や生成AI活用プロジェクトをより発展させるのであれば、全ての運用をシステムインテグレーターに任せるのではなく、お客さまが自走できる仕組みを整えることも重要です。アルクさまには生成AIを活用できる仕組みに関する技術トランスファーを行い、内製化を推進できるよう伴走させていただきたいと考えています」と森村氏は述べる。
Microsoft FabricとPowerGenAIの活用が今後さらに発展すれば、アルクにおけるビッグデータを生かした新たなサービスが登場するだろう。
データガバナンスが不十分な状態の生成AI活用には情報漏えいの懸念があり、なかなか踏み出せない取り組みでもある。アルクは社内で生まれるデータを安全に蓄積し、インテリジェンスとして活用する基盤を完成させた。ここから生まれる新サービスにも期待したい。
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提供:AZPower株式会社、日本マイクロソフト株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia AI+編集部/掲載内容有効期限:2025年5月10日