約40万点の商材を取り扱い、1日に約5000件の見積もりを作成。月間約15万通以上のメールが飛び交う――IT商社のSB C&Sは、これらの工数を削減するために生成AIツールを自社開発。全社の利用率は70%を超え、業務効率化につながっている。
「IT商材流通規模の拡大とともに、商材や組織の複雑化が進み、従業員の業務負担が大きくなるという構図でした。数々の商材の情報や、問い合せへの応対パターンなど、人が1人で覚え切れる量ではありません。となれば調べるか誰かに聞くことになるのですが、自身と『誰か』の作業時間を減らすためには自己解決が望ましく、その手段としてのAI活用が必須でした」――こう話すのは、生成AIツールの開発を主導したSB C&Sの澤下俊幸氏だ。
SB C&Sは、なぜ生成AI活用に成功したのか。プロジェクトチームのメンバーを取材すると、AIサービスの選定からシステム開発、社内展開までに数々の工夫があると分かる。同社の知見は、これから生成AIを使おうという企業の参考になるはずだ。SB C&Sの生成AI活用、その一部始終を伝える。
SB C&Sは、ソフトバンクの祖業であるITソリューションの流通事業を継承するディストリビューターだ。約4000社のITベンダーと取引があり、取り扱う商材は約40万点に上る。これらを全国約1万3000社の販売パートナーに提供し、その先にあるエンドユーザー企業に届けている。ITベンダーと個別に取引する必要がなく、SB C&Sを通して商流を一本化できることが販売パートナーにとっての大きなメリットだ。
だが、取り扱う商材が増えるにつれてコミュニケーションの工数と時間がSB C&Sの課題になった。1日に作成する見積もりは5000件を超え、膨大な商材情報を基に見積もりを作成する作業が営業業務を圧迫していた。商材について販売パートナーから質問があった場合は、SB C&Sの営業担当が社内ポータルサイトを基に一次対応し、情報が不足していたら社内の担当部署に確認や手配を依頼。バイヤー担当がITベンダーに問い合わせて回答を集約し、営業担当から販売パートナーに伝える。内容によっては社内対応に数時間かかることもあり、ここにITベンダーからの回答待ちなどが加わると、販売パートナーへの回答に相当な時間を要する。1カ月に送受信するメールは約15万通に上り、売り上げが増えるほど従業員が多忙を極めるという構図から抜け出せなかった。
「商材の担当者が分からず問い合わせ対応が難航する、1人の担当者が同じ質問に何度も答えるなど非効率的で、業務時間のロスが発生していました。ベンダーと販売パートナーの間にSB C&Sが入ることで取引を円滑にするという価値を提供し続けるためには、人の時間を必要業務に集中するための効率化が不可欠です。すでに存在する情報を基に『AIに聞けば大抵のことは答えてくれる』という環境を用意することが必要でした」
業務課題を解決するために澤下氏らが開発したのが、対話型AIツール「SB C&S AI CHAT」だ。愛称は「CASAI」(カサイ)。SB C&Sの従業員なら誰でも使えるWebアプリケーションで、文章だけでなく画像生成も可能だ。裏側のAIシステムに Microsoftの「Azure OpenAI Service」を採用しており、2025年5月1日時点で最新の思考するモデル「o3」も全社員へ公開しているところに本気度がうかがえる。
「社内ポータルサイトに掲載している商材情報やFAQ、販売キャンペーンの情報を取り込んでおり、『商材Aは今どんなキャンペーンをしている?』『商材Bの発注時の注意事項があれば教えてください』『商材Cの納品後の作業内容は?』といった質問にCASAIが答えてくれます。回答元となる適切な情報を用意することで、根拠を持って答えられることが増えていきます」
経理手続きや人事制度など全従業員に関わるバックオフィス情報の検索回答にも対応しているため、出張申請や経費精算などのアドバイスも可能だ。澤下氏は「利用コストやセキュリティの兼ね合いもありますが、世の中の一般的な情報を答えるだけなら既製品で十分です。社内用に調整した内容を答えられるようになるから社内システムとしての価値があります」と胸を張る。
澤下氏らが生成AIの活用方法を具体的に模索し始めたのは2023年初頭。 2022年11月末にChatGPTが公開され、生成AIが社会一般にも話題になり始めた頃だ。澤下氏は「まずは生成AIに触れて、できることを知ってもらえる環境を用意しようと考えました」と思いを明かす。
澤下氏をリーダーとする正式なプロジェクトが2023年4月に始動し、情報システム部門のシステム企画やITインフラを担う部署からアサインされたメンバー3人が、通常業務と兼務しながら開発に当たった。
「社内のITシステムとして堅実に利用できるよう、AIサービスの仕様を確認したり、利用者向けのUI(ユーザーインタフェース)を作ったりと、やることは山積みでした。『シャドーIT利用が広がって情報漏えいにつながるリスクの低減』『お客さまが知っていることをSB C&Sの社員が知らないという状況を避ける』といった目的のため、機能は不十分でもできるだけ早くリリースを行うようにしました」
着手から2カ月後の2023年6月にドラフト版をリリースした。AIの進化スピードを目の当たりにした開発チームは、外部ベンダーの力を借りることを決意。機能を追加した正式版を同年10月に公開し、12月に社内データと連携させた。その後もインターネット検索機能や画像生成機能などの新機能を続々と追加し、CASAIをアップデートしてきた。
CASAIの利用者目線からのコメントとして、SB C&Sの渡辺正道氏は「ドラフト版はチャットの履歴機能がなく、シンプルな対話型AIがあるだけでした。面白い取り組みだと感じた一方で、ドラフト版は社内情報を回答してくれないので業務では使えませんでした」と振り返る。こうした利用者の声に耳を傾けながらアジャイル開発で利便性を向上させていき、現在に至る。
CASAIの基盤にはAzure OpenAI Serviceが使われている。OpenAIが開発したAIモデルをクラウド経由で利用できるサービスで、AIアプリケーションの構築やAPIを使った自社サービスへの組み込みなどが可能になる。データセンターに物理サーバを設置すると開発に着手するまで約1カ月かかるケースもあるが、Azure OpenAI Serviceは素早く開発に取り掛かれる。初期投資を抑えてスモールスタートでき、システム改修やデータベース連携が楽で、最新のAIモデルをすぐ利用できる点も魅力的だと澤下氏は評価する。
「導入にあたって厳しいセキュリティ基準を満たさなければなりません。その点、Azure OpenAI ServiceはMicrosoftのセキュリティ基準で守られているので安心して利用できます。『入力したデータをAIの学習に使わない』というMicrosoftのポリシーがあるので、社内ドキュメントや顧客データを入力できることも企業利用に適していると言えます」
コンプライアンス対応の仕組みは「Azure AI services」の機能も併用して実装している。社内データや入力情報に含まれる個人情報を検知してブロックする、法的・倫理的に問題がある可能性のある質問に回答しない、などの対策がCASAIに施されている。
「Azure OpenAI Serviceは、『Microsoft Azure』のプライベートクラウドにAIインフラを構築できるためセキュリティを確保しやすく、新しいAIモデルや機能が次々に提供されるのでオンプレミスとSaaSのいいとこ取りが可能です」
完成したCASAIだが、リリース当初の利用率が約20%から30%と低迷していた。澤下氏は「作るだけなら簡単ですが、使ってもらうには地道な取り組みが必要でした」と回想する。
CASAIを含むAIの利用を促して業務効率化につなげるべく、全社横断のスマートオペレーション推進本部を新設。利用者の満足度アンケートと利用率を指標にして活動を展開している。利用者にヒアリングしたり利用部署などのデータ分析を行い、機能改善や社内広報に生かしながら地道な活動を精力的に取り組んだ。
「AI基礎講座やプロンプト講座、Tips(ティップス)共有会など半年で約40回の勉強会を開催しました。トップダウンで『使いなさい』と命じれば利用率が伸びるでしょうが、AI活用でその手段を取りたくありませんでした。『業務に使える』と感じてもらい、自発的に利用してもらうための方法を考えました」――AI利用推進を担ったSB C&Sの今井貴宏氏はこのように振り返る。
「CASAIという名前とキャラクターを作ったのも効果が大きかったです。『CASAIくん良くなっているね』という反応が届くなど、親しみを持って使ってもらえています。CASAIくんに聞けば何かしら答えてくれるので、なくなったら困る存在になりました」(渡辺氏)
快適にAIを利用してもらうための工夫として、商材や社内制度に関する定番の質問に適した「プロンプトテンプレート」を100種類以上も用意した。データを見ながら機能の改善や追加をしている。
CASAIを使いやすくするために、従業員の協力も仰いだ。CASAIの参照元である社内ポータルサイトの情報が古いと回答結果に影響してしまうため、ページの制作者に更新や掲載期間の設定を依頼。AIに取り込みやすいデータの作成、保存を心掛けてもらうなどAI活用の土台を固めていると渡辺氏は説明する。
こうした取り組みが奏功して、月間の利用率は70%前後で推移するまでに伸長。2025年4月時点の累計チャット回数は約30万回に上る。今井氏は「月間8000時間の削減を見込んでいます」と説明し、澤下氏は「開発運用費やAzureのインフラ費用はかかっていますが、現在の利用者全員に一般の生成AIサービスの有償ライセンスを付与することに比べれば、大きな費用対効果が出ています」と評価する。
CASAIで一定の成果を挙げた澤下氏らが次に目指すのは「AIエージェント化」だ。質問に答えるだけでなく、依頼して業務をこなしてもらう世界観を考えていると澤下氏は話す。実現するためには、社内の業務プロセスをチェックして交通整理をすることから始めなければならない。
「AI導入は地道な活動が必要です。AI利用に反対の声が出るかもしれません。しかし『ここが障壁になるからAIを使えない』と考えるのではなく、『こう使えばいい』とプラスの視点で取り組み、それを企業文化にしていくことが大切です。IT部門と事業部門が協力して1歩ずつ進むことが近道です」(澤下氏)
「AIを導入すれば一足飛びに全てが解決するというわけではありません。何か1つ目的を決めてスモールスタートすることが成功のコツです」(今井氏)
Azure OpenAI Serviceを使ってスモールスタートし、必要な機能を追加することで利用者の満足度と利用率を上げるというSB C&Sの取り組みは、AI活用の理想像だ。PoC(概念実証)で終わらずに、業務利用を見据えて取り組んだことも成功理由の一つだと言える。同社は、こうした社内ノウハウを販売パートナーやエンドユーザーに提供する「Azure相談センター」を開設している。AIやMicrosoft Azureの利用を軌道に乗せるためのサポートが必要なら、扉をたたいてみるのがいいだろう。
Azure OpenAI ServiceをはじめとするAzureのご契約は、Azure相談センターにお問い合わせください。
SB C&Sが運営するAzure相談センターは、法人のAzure導入において発生する疑問や見積りなどの相談に、Azureの専任スタッフが対応いたします。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
提供:SB C&S株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia AI+編集部/掲載内容有効期限:2025年6月26日