“生成AIブーム”が始まってから早くも2年半が過ぎた。「ChatGPT」が2022年に登場し、AIに質問するための「プロンプト術」が2023年のトレンドになった。2024年に入ると、ビジネス導入時の回答精度を向上させる技術「RAG(検索拡張生成)」が話題になった。そして2025年は「AIエージェント」に期待が集まっている。
「AIエージェントに仕事を丸投げできる世界」を夢見るビジネスパーソンも多い中、「まだ先の話ではないか」と冷静に捉えているのはTISインテックグループの澪標アナリティクスとTISの両方に所属する香川元氏だ。
「業務プロセスの一部を生成AIが肩代わりできるようになり始めました。エージェントという仕組みを使うことで、その範囲が広がるという理解が正しいでしょう。最終的に『エージェントが何でもやってくれる世界になればよいかな』という状況です」
香川氏の見通しに落胆した読者もいるだろう。“完璧なAIエージェント”の実現には時間がかかりそうだが、安心してほしい。AIエージェントの得手不得手を理解することで、業務に役立つAIエージェントシステムをノーコードで構築可能だ。一体、どのような仕掛けなのか。香川氏が登壇した「AWS Summit Japan」(2025年6月)の講演を基に、AIエージェントの仕組みやユースケースを解説する。
生成AI活用のロードマップを考えたとき、多くの企業は初期フェーズである「生成AIサービスの利用」「自社専用AIの導入」に位置している。一歩進んだ企業は「RAGによる社内データの活用」に移り始めており、次の注力領域である「AIエージェントの活用」が視野に入ってきたと香川氏は語った。最終的なゴールである「生成AIドリブンな経営の実現」に向けた第一歩と考えている。
現在のAIエージェントは、人が主体の業務プロセスにおける一部タスクを担えるに過ぎない。今後、AIエージェントが主体の業務プロセスに移行し、人間が重要な判断を下してAIエージェントが自律的に動く姿が理想的だ。
AIエージェントとはどのようなものか。「言葉は耳にするけど、中身はよく分かっていない」という声に対して、香川氏はRAGシステムを例に説明した。
RAGシステムは、社内のナレッジを踏まえた回答を生成AIに出力させる手法として評価されている。社内文書などをデータベース化し、生成AIがユーザーの質問に答える際に関連情報を検索して参照することで、大規模言語モデル(LLM)が学習していない企業固有の情報や専門知識に基づく回答が可能になる。
しかし、RAGの仕組みには課題があると香川氏は指摘する。「人事RAGシステム」「経理RAGシステム」を構築してそれぞれをAIチャットbotに組み込んだ場合、転勤時の交通費精算についてどちらに質問すればいいか分かりにくいという問題がある。選択肢が2種類なら判別できるかもしれないが、事業部やビジネス領域ごとにRAGシステムがある場合は使い分けに困るだろう。
「こうした悩みを解決するシンプルなAIエージェントの仕組みが『Function Calling』です。人事RAGシステムや経理RAGシステムなどを『ツール』に見立てて、『このツールはこんな回答ができる』というように機能や役割を記した説明書きを用意しておきます。ユーザーがAIに質問すると、AIが説明書きを読んで『こっちのツールが適している』と判断し、後はRAGシステムの要領で回答を生成します」
人事RAGシステムは「採用、評価、転勤に関するルールに回答する」、経理RAGシステムは「経費精算に関するルールに回答する」と定義しておく。ユーザーが転勤時の経費精算について質問すると、AIは「転勤」というキーワードを重視して人事RAGシステムを選択するため求める回答を得られるというわけだ。
RAGシステムに限らず、外部サービスやAPIなどもツールとして設定できる。そうなると「ツールをたくさん並べておけばAIが賢く判断してくれるのではないか」というアイデアが生まれるかもしれない。しかし、ツールが多過ぎると適切なものを選べなくなるという難点がある。
そこで「マルチエージェント」という考え方が登場する。単一のAIエージェントに全ての判断を委ねるのではなく、あるタスクに特化した複数のAIエージェントを連携させて複雑なタスクを処理する仕組みだ。スーパーバイザー(監督役)となるエージェントがユーザーの質問を受け取り、タスクを分解。『社内マニュアル検索が得意なエージェント』『Web検索が得意なエージェント』『社内システムへのアクセスが得意なエージェント』といった具合に役割分担されたサブエージェントに処理を振り分ける。
「複数のタスクを一度に生成AIに頼んだら、幾つか抜け落ちてしまったという経験がある方がいるかもしれません。それと同じことがAIエージェントでも起きてしまいます。AIが高い精度で処理できる単位までタスクを分割し、それぞれをサブエージェントに実行させることで全体として高品質な業務の遂行を目指すのがマルチエージェントの考え方です」
AIエージェントを業務に組み込むと、どのような効果を得られるのか。香川氏は、営業やマーケティング領域を例に取り上げた。
CRM(顧客管理システム)やSFA(営業支援システム)の顧客データを基に、AIエージェントがターゲット顧客を抽出して効果的なマーケティングメールを自動生成して配信する。顧客との商談に同席したAIエージェントが受注確度や潜在リスクを分析し、別のAIエージェントが最適な提案をレコメンド。蓄積されたデータは、さらに別のAIエージェントが業界分析やビジネスマッチングに使うことで経営を高度化できる。
「これまで生成AIは、生産性の向上やコスト削減といった文脈で語られてきました。AIエージェントは、ビジネスを変える可能性を秘めています。新たな価値の提供や経営の高度化が可能になるでしょう。『超効率化によってビジネスが変わる』というのが、AIエージェントがもたらす本質的な価値だと考えています」
AIエージェントへの期待が高まる中で、さまざまなサービスが登場している。澪標アナリティクスにもAIエージェントに関する相談が多数寄せられているという。香川氏は、ユースケースを基にAIエージェント導入のポイントを紹介した。
【ドキュメントレビュー】
提案書や要件定義書などを上長にレビューしてもらう前に、体裁や誤字脱字、整合性のチェックをAIエージェントに任せることで関係者の負担を減らす。対象のドキュメント全体を一度に分析すると精度が落ちるため、「用字用語」「命名規則」などレビュー観点ごとに分割してチェックさせ、ループ処理することで抜け漏れを防ぐ工夫が肝心だ。
【顧客向け報告書の自動作成】
ITシステムに不具合が起きたとき、技術部門が作成した調査結果レポート(技術文書)を基に、顧客向けの丁寧な報告書を作成するユースケースだ。過去の優れた報告書を集めたRAGシステムを参照させる。その際、過去の報告書を「知識源」として使うのではなく、文体や構成といった「報告書のスタイル」の参考例にすることがポイントだ。これにより、今回の調査結果レポートを知識源にしつつ適切なスタイルの報告書を生成できる。
【ドキュメント差分チェック】
契約書や規格書が改定前後でどのように変化したのかを把握する際に役立つ。単に「差分をまとめて」と指示してもうまくいかない。生成AIは要約しながら処理する傾向があるため、章や項目ごとに区切って比較させるとうまくいく。「対応表作成エージェント」「ドキュメント分割エージェント」「差分抽出エージェント」など分担が鍵になる。
マルチエージェントの仕組みを応用すれば、複雑な処理が可能なAIエージェントシステムを構築できる。しかし、タスクの分解や業務フローへの組み込みなど乗り越えるべきハードルが多い。一からプログラミングすると時間と費用がかかってしまう。
「AIエージェントのユースケースは多くの企業に共通します。似たようなAIエージェントを個社ごとに構築していると、当社にとっては工数がかさみ、お客さまにとっては余計なコストがかかりかねません。これまでのノウハウを凝縮して、お客さま自身がAIエージェントを構築できる『生成AIプラットフォーム』を開発しました」
生成AIプラットフォームは、基本的なAIエージェントアプリケーションを標準搭載しているため業務に素早く適用可能だ。「ドキュメントデータ抽出」「サポートデスク支援」など効果を得やすいアプリケーションを先行して開発・実装している。
個別の業務に合わせたAIエージェントアプリケーションを手軽に構築できる仕掛けも用意している。RAGを応用した「ドキュメント検索ツール」、データベースに接続できる「ドキュメント編集ツール」、会計システムやCRMなどに連携できる「システムアクセスツール」、外部情報を参照する「Web検索ツール」――AIエージェント開発で必要になるこうした機能を部品として備えている。マルチエージェントやループ処理の仕組みも実装可能で、これらを組み合わせることでAIエージェントアプリケーションをノーコードで構築できる。
生成AIプラットフォームは「グラフRAG」と呼ばれる先進的なRAG機能を搭載している。従来のRAGが苦手としていた「ドキュメント全体の文脈を理解して要約や評価をする」といったタスクに対して、文書に登場する要素の関係性をナレッジグラフとして構造化することで回答できるようにする仕組みだ。香川氏は「かなり難しい領域になりますが、今後“はやる”と見て取り入れています」と語る。
社内の情報を扱うため、生成AIプラットフォームのセキュリティ対策は「TIS品質」だ。認証方法や権限管理に気を配っている。
「既存のAIエージェントアプリケーションではカバーし切れない業務がたくさんあります。『AIで効率化したいけど、自分たちで作るのは大変だ』と思っている方々に生成AIプラットフォームを利用していただくことで、AIエージェントを業務に取り入れて、ビジネスの変革に役立ててほしいと願っています」
「AIエージェントに全てを任せる世界」はまだ先かもしれない。しかし、足元ではAIエージェントを業務に適用できる仕組みが整っている。香川氏が語ったAIエージェントの現状と、TISや澪標アナリティクスが描くロードマップは期待を過度にあおるものではなかった。AIエージェントの活用に向けて実直に取り組む澪標アナリティクスは、AI活用の良きパートナーになるだろう。
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提供:TIS株式会社、澪標アナリティクス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia AI+編集部/掲載内容有効期限:2025年8月3日