日立ビルシステムの「AI Safetyソリューション」は、安全確保を核に据えて、報告業務の自動化や技能継承など業務を支える存在へ進化を遂げつつある。その実践を象徴する日立グループの「カスタマーゼロ」戦略は、保守業務の未来をどう変えるのか。
日立ビルシステムが2025年11月下旬から運用している「AI Safetyソリューション」は、AIによる危険箇所の警告や作業報告書の自動作成などの機能拡張を進めている。全国300拠点で3000人のエンジニアが担う保守業務は、正確で迅速な作業が求められる。人手不足や技術継承の壁が立ちはだかる中、AIはどこまで安全の底上げに寄与するのか。
作業安全を支えるソリューションの開発は、各社が競争する領域ではなく協調すべき領域と捉える日立ビルシステム。日立グループのカスタマーゼロ戦略の先にある将来像とは。日立グループのAI活用を推進する日立製作所の武田卓也氏が、AI Safetyソリューションの開発を主導した日立ビルシステムの鈴木英明氏に、狙いと運用のリアル、安全ナレッジの普及に込める思いを聞いた。
※以下、敬称略
武田 フィールドエンジニアの安全を守る「AI Safetyソリューション」は、現場から好意的に受け止められているそうですね。どのような機能を備えているのかをあらためて教えてください。
鈴木 2025年11月から運用しているソリューションは、小型ウェアラブルカメラやスマートフォンが連動し、作業現場の危険箇所に掲示したQRコードをカメラが認識するとスマートフォンから注意を促すメッセージを音声で伝えます。この機能はあくまでも初期段階で、今後の機能拡張を見据えて設計しており、今も開発を続けています。
武田 それらの機能拡張においてもさまざまなAI活用ができそうですね。
鈴木 その通りです。現在検証中の機能は大きく分けて4つあります。1つ目は、より発展的な「アラート機能」です。AIエージェント技術によって現場作業の映像をリアルタイムで分析した後、適切なタイミングで警告を発します。2つ目は「作業手順の案内」です。保守などの作業工程と作業安全のルールをAIに学習させ、適切なタイミングで次にすべき工程を案内しつつ、実際の作業手順も記録します。3つ目が、この作業手順の記録を活用した「作業報告書の自動作成」です。従来は手作業だった報告書作成業務を効率化させます。
そして4つ目が「音声による問い合わせ機能」です。作業用の手袋をしたままでも音声で「この部品の型式は何か」のような質問をすると、AIアシスタントが音声で回答します。従来は先輩や熟練者に電話していた作業も、現場でスムーズに解決できます。AIにサポートしてもらうわけです。難易度の高い質問であれば、遠隔地にいる熟練者が引き継いで回答する仕組みも取り入れようと考えています。前述の通り、ウェアラブルカメラで作業手順の映像を記録していますので、AIアシスタントや熟練者が状況を把握して的確に回答できます。
武田 エレベーターの昇降路(エレベーターのかごが移動する縦の空間)には電波が届きにくいところもありますよね。通信できない状況にはどう対処するのですか。
鈴木 現在は、作業前に現場情報をスマートフォンにダウンロードしておいてオフラインのデータ処理をするのが基本です。一方で、先輩や熟練者による遠隔支援を受けるために、通信デバイスを追加することも検討しています。しかし、携行する機材が増えることで、フィールドエンジニアの負担につながるなどの懸念もあります。今後、技術が高度化すれば、フィールドエンジニアが携行する機材はもっと減らせるでしょう。
武田 フィールドエンジニアの人数や拠点数はどのくらいの規模ですか。
鈴木 保守対象の機器はエレベーターだけでも全国に約18万台あります。全国300拠点に約3000人のフィールドエンジニアが在籍し、1人が1カ月当たり数十台、多いときには100台以上のメンテナンスを担当します。1日に4、5件の現場を定期点検し、緊急時は直ちに駆け付けられるようにシフトを組んでいます。
地震などの大規模災害時には、日立ビルシステムの管制センターが中枢拠点となって全国の情報を集約し、フィールドエンジニアを現場に派遣して復旧に当たります。
武田 AI Safetyソリューションによる支援は、平常時の作業支援から緊急時の対応まで幅広く対応しますが、特に想定している状況はあるのでしょうか?
鈴木 どちらでも使える支援技術として開発していますが、緊急時のオペレーションこそ、イレギュラーな状況を乗り越えて安全に正確な作業をしなければなりません。緊急時対応では、過去に担当したことがない機器がある現場に派遣されることもあるでしょうから。
武田 確かに、緊急時ほどミスが起きやすいものですね。
鈴木 そうです。こういうときこそマニュアルを参照しながら正確に作業する必要があり、AI Safetyソリューションによる支援が真価を発揮すると考えています。
平常時のオペレーションでAIに期待するのは、技術継承や人財育成の効果です。フィールドエンジニアは入社後3カ月の集中研修に加えて、現場配属後3年程度は実地研修をしつつ研修センターでトレーニングを受講して認定取得をめざします。認定取得後も熟練者のサポートを受けながら経験を積む必要があります。ますます深刻化する人財不足をAI技術でカバーしたいという思いは、AI Safetyソリューション開発のきっかけの一つでした。熟練者のノウハウやスキルを学習して蓄積するほど、AIの精度向上が期待できます。経験の浅いフィールドエンジニアでも正しく安全に作業がこなせるようになり、実地研修期間も短縮できるかもしれません。
武田 どのような改善を重ねてAIの精度を高めているのでしょうか。
鈴木 現場で取得した作業映像やログデータ、フィールドエンジニアからのフィードバックコメントなどを取り込むことで、AIの精度を高めています。目標としては、日々の作業状況を記録して学習を重ねることで、AIがユーザーの習熟度を判別できるようにしたいと考えています。若手には細かいガイドを出し、ベテランには必要最小限にとどめるなど、習熟度に応じた頻度のチューニングを模索中です。
武田 「危険を伴う作業現場の安全を守る」という技術は、その開発や運用を通じて培ったナレッジも含めて普遍性があるように感じます。AIのチューニングは今も苦労をなさっていると思いますが、工場設備や社会インフラなど幅広い保守作業に共通して、安全確保と技術継承のニーズがあるはずです。AI Safetyソリューションの今後の展望について、どのように考えていますか。
鈴木 おっしゃる通り、安全に関わる分野は各社が競争する領域ではなく協調すべき領域だと思います。だからこそ、会社や業界を超えて多種多様な現場でこの技術が安全に寄与できるようになればと願っています。
武田 作業安全を支えるドメインナレッジになるわけですね。
鈴木 そうなり得る技術です。組み合わせるデバイスや利用シーンに応じた最適化は必要ですし、業界ごとに異なる部分はあるでしょうが、ベースは同じだと思います。私たちは自身のドメインで培ったナレッジを活用しつつ、他のドメインでもそれぞれ適した形で活用してもらえるようにしたいと考えています。
武田 日立グループは、自社でAIを徹底活用することで生み出されたユースケースをお客さまにも展開する「カスタマーゼロ」のポリシーを掲げています。日立グループ内に複数の事業があり、幾つもの“現場”があるからこそ、グループ内で事例を検証する機会も豊富にあります。AI Safetyソリューションも、まさにこのポリシーを具現化したものだと感じました。
鈴木 はい。私たちもカスタマーゼロとして、まずは自社で運用に適した品質に仕上げてから自信を持ってお客さまに提供したいと考えています。お客さまごとに状況は違うからこそ、自グループ内で得た多様な知見をお客さまごとに最適化できる点が日立グループの強みだと思っています。それにより、お客さま先での運用に迅速に適用できるのだと思います。
武田 AIは費用対効果(ROI)を測りにくいという課題もありますね。何にどの程度投資すれば期待する成果が得られるのか、ましてや何を成果と定義すればいいのかも分からないという意見をよく聞きます。日立グループはカスタマーゼロのポリシーがあるからこそ積極的な投資ができるという側面はありますが、「AI技術の安全性や精度を追求しつつ、費用対効果のバランスを取る」という課題は日立グループにもあります。この課題について、鈴木さんはどうお考えになりますか。
鈴木 安全性に関することは「やらなければならない」と経営層も常々強調しているのですが、ビジネスの視点では確かに費用対効果は問われます。そのため「安全」だけを提供するのではなく、プラスアルファでどれほどの付加価値を提供できるかを常に追求しています。作業安全を守るだけでなく、人財不足の中で若手の作業品質を高められるようにするなど、複数の価値を世の中に提供できることが望ましいでしょう。
共通となる“土台”を構築できれば、利用する業界や領域が異なっても普遍性のあるシステムになるのがITのいいところです。日立グループのカスタマーゼロ事例によって、フィジカルAIへの社会実装を加速させていきたいですね。
※本稿は、日立製作所からの寄稿記事を再構成したものです。
※QRコードは、デンソーウェーブの登録商標です。
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提供:株式会社日立製作所
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia AI+編集部/掲載内容有効期限:2026年3月26日