楽天はWeb2.0を目指すべきなのか、それとも……?:金融・経済コラム
楽天は先週発表した2006年12月期決算で、金融部門の不振から初の経常減益となりました。本業だけ力を入れていればよかったのにと言えなくもないですが、楽天は数少ないコングロマリット経営の成功モデルなのです。
先週、楽天が2006年12月期決算を発表しました。内容としては、楽天市場のEC、トラベル、そして証券が順調だったものの、金融事業が足を引っ張り、ポータルもいまいちパッとせずという感じでした。そして初の経常減益となりました。
業績発表だけを見ると、金融事業なんかに足を突っ込まずに本業のインターネット事業だけをキチンとやっていれば良かったのに、ということになります。しかし、今回の金融事業での赤字は、2006年に突如起こった日本の消費者金融業界に対するバッシング的な貸出金利の引き下げと過払い金の問題による部分が大きく、ある種交通事故的な側面もあります。よって、今回の決算だけで楽天の金融事業への進出を否定することはできないでしょう。
楽天の事業モデルは、EC事業を基幹としての多種の事業を抱えるコングロマリット経営です。コングロマリット経営では、事業間のシナジーが生まれることで経営体としての企業の価値が上がっていくだろうという前提があります。以前はエスタブリッシュ企業で流行り、コングロマリット経営をする企業の株価にプレミアムがついたこともありました。しかし、多種の事業を抱えるだけではシナジーなどは当然生まれるわけもなく、むしろいろんな事業を抱えることで企業の方向性やリソースの投入がうまく行かなくなり、結局本業に集中しておいた方が経営効率が図れるということで、その後コングロマリット経営は廃れます。株価においても、プレミアムどころか、今度はコングロマリットディスカウントと言ってネガティブ要因にさえなってしまいました。コングロマリット経営の失敗例がカネボウ、ダイエーなどになります。
よって、現在ではエスタブリッシュ企業においてはコングロマリット経営はイマイチ人気がありません。しかし、どの企業もホンネのところでは、本業だけでは成長率に限界があるので、できれば事業を多角化して収益源の多様化を図り、企業を安泰させたいところでしょう。ただ、過去の苦い経験からなかなかコングロマリット経営には乗り出せません。よって、企業の成長拡大戦略としては、昨今のM&A案件を見ていても、本業での国内外の同業他社買収が主であり、異業種に参入するためのM&Aという面ではソフトバンクの携帯事業参入ぐらいしか大きなものは存在しません。
それぐらい、異業種への参入、かつ多種事業を抱える経営を行っていくことはみなハードルが高いものと思っているわけですが、楽天はそれに果敢に挑む企業ということになります。インターネットの場合は、集客が非常に重要ですので、1つ大きな集客が可能となるインターネットサービスを保有すれば、その集客を別のサービスへの送客に使えばいいということになり、他の業種よりも事業の多角化、コングロマリット化によるメリットが享受しやすい業種です。それゆえに、楽天も事業の多角化に邁進してきたわけです。
しかし、最近では楽天でも以前のような大きなM&Aの話や、新規事業の立ち上げの話題もありません。加えて、2006年に出てきたWeb2.0ブームに対しては、楽天の事業はWeb2.0モデルとは異なり、むしろWeb1.0的であるという厳しい意見もあります(関連記事参照)。また、全く進展を見せないTBSとの事業提携など、楽天に対する全体的な印象として2006年はあまりパッとしない1年だったと思われます。よって、ついつい今回の決算発表での金融事業の不振、そして経常利益の減少という点もあいまって、停滞感が漂うように感じてしまいます。
しかし、一方で、楽天がコングロマリット経営に成功している数少ない企業であることは否定できません。確かにWeb2.0がもてはやされてはいますが、儲かっているWeb2.0事業はまだ世の中で多くありません。また、どの企業でも本業だけでは成長率に陰りが見えてきます。特にインターネット企業ではその傾向が大きく、いくらWeb2.0サービスで成功をしたとしても、中長期的な成長という意味では不安を抱えることになります。それに対して、楽天は比較的多角化に向いているインターネットという分野で、誰よりも先にコングロマリット経営に成功しつつあります。今後は更に多角化を進め、かつ、そのプラットフォームを拡大していくことで安泰成長路線に入り得るところに来ました。その意味で、どれだけ楽天がWeb1.0と揶揄されようが、他のインターネット企業に比べて圧倒的優位にあることには変わることはありません。むしろ儲かるWeb2.0事業が少ないことが分かってくるにつれ、楽天の優位性は際立つのではないかとさえ思います。
もちろんEC事業の成長率が低下していることや、特に目新しい新規成長分野があるわけではないので、株式市場的には面白みに欠けるでしょうが、それでも、他の企業がなしえていない多角化経営での成功という面は、優位だと思われます。
以前はライブドアも同様にコングロマリット経営での成功を目指していました。しかし、今や楽天が残るのみ。現在は、楽天にとっては、Web2.0祭りに踊らされることなく、そのコングロマリット経営を成功させるための過渡期ではないかと思います。その点、楽天自身が自社サービスはWeb2.0的であると一生懸命主張してみたりするのは、自社の矮小化につながるのではないか……、そう思った今回の楽天の決算発表でした。
保田隆明氏のプロフィール
リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券にてM&Aアドバイザリー、資金調達案件を担当。2004年春にソーシャルネットワーキングサイト運営会社を起業。同事業譲渡後、ベンチャーキャピタル業に従事。2006年1月よりワクワク経済研究所LLP代表パートナー。現在は、テレビなど各種メディアで株式・経済・金融に関するコメンテーターとして活動。著書:『図解 株式市場とM&A』(翔泳社)、『恋する株式投資入門』(青春出版社)、『投資事業組合とは何か』(共著:ダイヤモンド社)、『投資銀行青春白書』(ダイヤモンド社)、『OL涼子の株式ダイアリー―恋もストップ高!』(共著:幻冬舎)、『口コミ2.0〜正直マーケティングのすすめ〜』(共著:明日香出版社)。ブログはhttp://wkwk.tv/chou/
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