レコメンデーションの虚実(9)〜世界の中心で「僕がほしいもの」を探す:ソーシャルメディア セカンドステージ(2/2 ページ)
ネットジャーナリスト佐々木俊尚氏が次世代ソーシャルメディアのかたちを探る連載「ソーシャルメディア セカンドステージ」。レコメンデーションと検索エンジンの結果表示の違いについて、携帯検索を例にユーザーインタフェースの観点から考察します。
携帯ユーザーにはPCの約束事は通用しない
同社の佐藤崇社長は、次のように話す。「携帯電話のユーザーは、長いキーワードは入力してくれない。またサービス側とユーザーの間にPCのインターネットのような『予定調和』が存在していないから、『阪神としか検索しなければ、阪神タイガースも阪神百貨店も阪神電鉄も混在して検索結果として出力されるのは当然だ』という約束は通用しない。そうした中で的確に情報を提供するためには、『阪神にはタイガースと電鉄と百貨店がありますよ。それとも百科事典を読みたいんですか、着メロを探したいのですか? どれでしょうか?』とサービス側が過剰に提案していくようなスタイルが求められる」(関連記事「ケータイ検索が“使えない”理由」)
「ぴったりサイト」「辞書/事典」などの各ジャンルは緑色の文字で表示され、それぞれのジャンルの下には、各ジャンルごとの検索結果の上位数サイトが青い文字で表示されている。例えば「着うた/メロ」には、「恋の京阪神」「GET DOWN(YOU'RE THE ONE FOR ME)」の2曲が表示されている。もしジャンルしか表示されていなければ、ユーザーはそのジャンルの中でどのようなサイトが紹介されているのか判断できず、いらいらすることになる。かといって各ジャンルの中身をすべて検索結果トップページに表示してしまうと、ユーザーは面倒なスクロールを強いられることになり、やはり苛立ちを感じる原因となる。ジャンル表示に加えて、その中身の一部を表示するというのは、小さい画面と多い情報量を両立させるためのインタフェースとなっているのだ。
携帯電話の画面は、以前に比べればずいぶんと縦長にはなったが、しかし画面の情報量は相変わらず少ない。おおむね横幅が全角15文字、縦が9行というのが大半の表示形式だ。文字を小さくすれば情報量を増やすことはできるが、あまりにも小さくしてしまうと、今度はリンクのクリック率(編集部注:Webページが表示された際に、あるリンクがクリックされる割合)が落ちてしまうと言われている。逆に文字を大きくすればクリック率は上がるが、今度は操作がしにくくなるという別の問題が生じる。きわめて限界点に近いところで、携帯コンテンツのインタフェースはデザインされているのだ。
迷子になりやすい副作用を逆手に取る
この限界点に近いインタフェースは、ユーザーが「迷子になりやすい」という副作用も生み出す。画面の情報量が多く、マウスのボタンひとつで「戻る」「進む」が自在に行えるPCと比べ、携帯の場合、自分がサイトのどこにいるのかが分からなくなってしまうことが多いのだ。
この「迷子」的な携帯の特徴を逆手に取っているのがモバゲータウンで、ユーザーはわざとコンテンツの迷路に誘導され、迷子になりやすいようにサイト構成がデザインされているようだ。PCのサイトはメインユーザー層がビジネスパーソンで、明確な情報収集の目的で利用されることが多いのに対し、携帯のコンテンツはあくまでもプライベートの暇つぶしであり、利用の目的も特段明確ではない。ユーザーの側も、できるだけ滞留時間を長くして遊べるようなコンテンツを求めている。そうした利用状況のもとでは、モバゲータウンのように自分がどこにいるのか分からなくなってしまう方が楽しいのだ。
そしてこうした特性を持つ携帯コンテンツの世界では、情報収集のインタフェースはどうあるべきなのか。「その世界の中に入り込んでいるような、感覚でユーザーが入り込んでいけるようなインタフェース。そしてそうやって自分が入り込んで、いま立っている場所が、世界の中心になるように見せないといけない。PCのインターネットでは、世界はツリー構造になっていて、自分がそのどこの枝にいるのかを、ユーザーは常に認識している。でも携帯は自分のいる場所がいつも分からなくなってしまう。でも運営側は、居場所をユーザーに知らせる必要はない。自分が世界の中心にいるという感覚を常に持ってもらえれば、それでオーケーということ」
携帯の検索エンジンはセレンディピティ自動生成装置
PCのポータルでは、トップページからさまざまなメニューをたどる。別のメニューに入る場合には、いったんトップページに戻り、別の枝をたどり直すことになる。
しかし携帯では、こうしたツリー構造は理解されない。トップページにも戻ってくれない。そうであれば常にユーザーの現在地をハブ(中心地)として、そこから情報をたどれるようにしなければならない。
つまりはセレンディピティの自動生成装置である。いちいち検索キーワードを入れなければ情報が出てこないPCのようなプル型メディアではなく、何もしなくても情報がどんどん出てくるプッシュ型のメディア。それらの情報をつらつらと見ていると、「あ、こんなページがあったんだ」「へー、こんなコンテンツが出てきたよ」とさまざまな気づきが生じる。そのバックエンドでは、ユーザーの知らないうちにユーザーの欲求にマッチングしたレコメンデーションエンジンが動いている。
レコメンデーションというのはつまるところ、情報収集システムの大衆化である。その意味で、きわめて大衆的なユーザー層を持つ携帯の世界でのインタフェースの進化は、レコメンデーションのデザインの進化を先取りしているように思われる。
佐々木俊尚氏のプロフィール
ジャーナリスト。主な著書に『フラット革命』(講談社)『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』(文春新書)『次世代ウェブ グーグルの次のモデル』(光文社新書)など。インターネットビジネスの将来可能性を検討した『ネット未来地図 ポスト・グーグル次代 20の論点』(文春新書)を10月19日に上梓した。連絡先はhttp://www.pressa.jp/。
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