職能資格は「イノベーター」――アスクルが進化し続ける理由:イノベーションの現場から
企業がイノベーティブであり続けるにはどうしたらいいのかを探る本連載。今回は、「イノベーター」「アントレプレナー」という職能資格を創業当初から使っているというアスクルに、イノベーションのためのヒントを聞いた。
オフィス用品などが“明日来る”のでアスクル。1993年に文具メーカーであるプラスの一事業部門として4人のスタッフで始めた通販ビジネスが4年で分社独立し、毎年規模を倍にする高成長を続けてきた。独立後、3年でジャスダックに上場、さらに4年で東証一部に上場を果たした。売上高2000億円が視野に入ってきたその成長力は、現在注目の的だ。
当初文具が中心だった取扱商品もオフィス用品全般へと幅を広げ、医療消耗品などの多角化およびオリジナル商品の開発も積極的に行っている同社は、社風がイノベーティブだとうわさの企業でもある。
これまでISIFでは、イノベーションテストを起業家などの有識者に回答していただき、そのフィードバックをもとに内容の吟味を行ってきた。今回は角度の違う視点からコメントをいただくべく、小売・流通の世界で注目されているアスクルの戦略企画本部執行役員 兼 ビジネスシステム執行役員の内田洋輔氏にお話を伺った。
顧客志向は企業理念であり事業の原点
「アスクルのイノベーションは顧客の声が源泉」。イノベーションテストの説明を聞いた内田氏の第一声がこれだった。
イノベーションテスト4 過去の成功や失敗が参照可能な状態で蓄積されているか?
アスクルのイノベーションの源泉となる顧客の声は、どのように届いているのだろうか。「電話で注文を受けていませんが、それでも1日に5000〜6000本のお問い合わせの電話をお客さまからいただきます。それらをシンクロハートという名前の社内イントラシステムに取り込み、お客さまからの要望やクレームをデータベース化しています」
シンクロハートは社内の誰もが閲覧できるようになっていて、コメント機能によりその課題に意見を書いたり提案したりできるようになっている。これで課題解決の進行状況が“見える化”できるというわけだ。
例えば、配送に関する顧客からの声を分析すると、「余分な外装箱を減らしてほしい」「中身が動かないようにしてほしい」という要望が多いことが分かった。複数の商品を1つにまとめて発送するには、個別に包装された商品をさらに配送用の段ボールに入れ、その上中身が動かないように緩衝材を入れるのが通常だ。
商品の破損を防止するためのこうした包装も、配送が終わってしまえばただのゴミになる。こうした顧客の声が、たくさんカタチになって表れてくると、改善すべき重要な課題だという認識がいやが応でも社内に広がっていく。するとシンクロハートに、関連部署から現状報告や対応のアクションなどの声が上がり、またそれに別の担当からの発現が加わりながら、どうやったら段ボールを多重梱包せずに中身を固定して配送できるかというプロジェクトが走り始める。
現状は、日々コールセンターに入る顧客の要望やクレームなどの共有化と、コメント機能を利用した担当者の発言、進行状況報告が中心だ。「過去の成功や失敗が参照可能な状態」とまでは言えないと同社は話すが、プロジェクトの結果や履歴まで機能を向上させることを目指している。
イノベーションテスト3 仕事のやり方を定期的に評価し、見直しているか?
気になるのは、このように顧客の声に耳を傾けるという作業を定期的・定量的に行い、そのアプローチを見直しているか、という点である。
内田氏は「アスクルは部門を作ってそこにやらせるというのが得意な会社ではない」と控えめ。その上で、「シンクロハートも、専任の担当者をたててチェックさせなくても常に現場のスタッフが『こうすべき』という声を上げてくる」と説明する。
仕事の効率を高める作業を定型化するよりも、顧客からの声を見える化し(シンクロハート)、営業支援を目的に業務を見える化し(シンクロエージェント)、サプライヤーとは売上動向などのマーケティング情報を見える化し(シンクロマート)、配送会社とは商品がいつ届くのかを見える化し(シンクロカーゴ)──と同社は社外も含んだシステム化を進めてきた。
ビジネスの健康状態が誰からも見えるようになっていれば、大切な課題は必ず誰かの目にとまるはずだ、というわけである。このアプローチだと、自然にプロジェクトは“正否よりも実行したか否か”の方が評価されてくる(イノベーションテスト2)、「分析をしてから行動するのでは市場の動きについて行けない。やりながら方向性を修正して行くというアプローチを取っている」(内田氏)のも確かにうなずける。
イノベーションテスト1 仕事の成果が革新的であることが評価基準となっているか?
「アスクルには『イノベーター』という職能資格があるんです」と内田氏はイノベーションテスト1にズバリ回答してきた。
「実は『イノベーター』の上に『アントレプレナー』というポジションもあって、彼らは普通に仕事をしていても評価されません。お客さまのためにどんなイノベーションを起こすことができたかを評価されるんです」
ちょうどいま、見直し検討をしているところだと言うが(イノベーションテスト6:そのリソースの使い方を決めるためのプロセスが明文化されているか?)、イノベーションの生み出すためのリソースを意識的に確保していることにほかならない(イノベーションテスト5)。
現時点ではアントレプレナーなどこれらのポジションは職格として定義し、本来の職務とは別という形式だが、将来的には専任化することも検討してみたいと話す。これがアスクルのイノベーティブさが明確に表れている点だと感じるのは筆者だけではないだろう。
イノベーションテスト7 人が集まってフラットなコミュニケーションが取れる場所がオフィスとオンラインの両方にあるか?
「いま社員が約400人在籍していますが、それに加えてパートナー企業の方々が数多く社内を出入りしています。服装は自由で社員かどうかも見た目ではほとんど分かりません。会議をやっても社員でない人が参加することも多いのですが、全く気にしませんね」
その人が付加価値を出せるかどうかを意識するのがアスクルのカルチャーだ。オフィスのデザインを見てもフラットなコミュニケーションを取るためのリアルな空間を確保することにかなりの投資をしていることは一目で分かる。
顧客の声が波紋のように社内に広がって行くイメージを形にした、同心円状のコールセンターの座席。東京湾が一望できる全面窓ガラスの広いカフェテリア。全壁ホワイトボードでガラスドアの会議室。フロアの分断によって生ずるコミュニケーション不足を解消するため、上下のフロアをつなぐオフィスフロアに大きく口を開けたらせん階段。これら、経営の意図や事業の方向性が一目で分かるオフィスのデザインには、はっきりとした自己主張があると、インタビューを終えての帰路で感じた。
それぞれの問いにYes/Noで答えてください | |
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1 | 仕事の成果が革新的であることが評価基準となっているか? |
2 | 成否よりも実行したか否かの方が評価されるか? |
3 | 仕事のやり方を定期的に評価し、見直しているか? |
4 | 過去の成功や失敗が参照可能な状態で蓄積されているか? |
5 | イノベーションを生み出すためのリソース(人材・予算・時間)が確保されているか? |
6 | そのリソースの使い方を決めるためのプロセスが明文化されているか? |
7 | 人が集まってフラットなコミュニケーションが取れる場所がオフィスとオンラインの両方にあるか? |
イノベーションをHowからWhatへ
先の段ボール多重梱包の問題について、内田氏はデリバリーサービスの業界リーダーとして、こう話す。「こうした無駄は、バリューチェーン全体で課題として取り組まないと解決できない深刻なもの。それができている企業は少ないし、アスクルは率先して取り組みたい」
アスクルの次のステップはイノベーションをHowからWhatに進化させることであろう。その意味で「全社員よ、イノベーターであれ」という意識のもとで、同社が取り組む産学協同のプロジェクトには注目すべきだ。
例えば品川女子学院中学とのコラボレーションプロジェクトでは「コーヒーのミルクってなんで1回使ったら倒れてしまうようなケースに入っているの? おかしい」という学生の素朴な意見から「オリジナル商品が開発」される。そんな「ベタベタの現場から学ぶことを重視したい」というのがアスクルの顧客志向であり、そこから生まれるイノベーティブな新商品に期待したい。
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