第16回 情報量は少ない方が考えやすい:実践! 専門知識を教えてみよう(3/4 ページ)
ウィスキーの水割りを作ろうとしてマドラーを探していると、家族の1人が「はい、マドラー」と割り箸を差し出しました。他愛もないことですが、「自分で考える」ための示唆がこの“マドラー”に含まれているのです。
「欠乏」はハッキリと分らなければいけない
そしてこの「欠乏のポイント」はハッキリと分らなければなりません。例えば図2のまわりにもし、よけいな情報がごちゃごちゃといっぱいあると(図3)、よけいな情報の海に埋もれて欠乏点が分からなくなってしまいます。そうなると学習者は「大量にあるよけいな情報をひたすら丸暗記」する方向に走ってしまい、「自分で考える」ということがなくなります。
実はこの悪いパターンにハマリがちなのが、学校教育で言えば「歴史」系の科目です。世界史にせよ日本史にせよ大変に覚えなければいけない情報が多く、暗記科目であると言われています。
そりゃあ、1929年の世界経済恐慌についてこんな書き方しかしていなかったら、暗記科目になるのも無理はありません。以下の5項目は、手近な高校世界史の教科書から「世界経済恐慌」について読み取れる情報を要約抜粋したものです。
- 1929年10月、アメリカで株価が突然大暴落を起こした
- これがきっかけで「世界経済恐慌」と呼ばれる大規模な景気後退が起こった
- 銀行や企業の倒産が相次ぎ、失業者があふれた
- アメリカ資本がヨーロッパから引き上げられた
- それに支えられていたヨーロッパ諸国も恐慌に見舞われた
実は私は高校時代に世界史の教科書でこのあたりを読んでいて非常に腹が立ったものです。というのは、上記の説明では例えば以下のような質問にまったく答えることができません。
- なぜ株価が突然大暴落を起こしたのか?
- 株価の暴落によってなぜ景気後退という影響が起きたのか?
もちろん、株価の動きなんてそもそも後付けの理屈でも説明が難しいものですし、たとえ書くとしても「経済・社会」の分野であって、「世界史」の教科書にそのへんの話を書くのにも無理があることは確かでしょう。
とはいえ、上記(1)〜(5)のような情報に実感を持つためには、「金融が社会を支える仕組み」を知っていないことには話になりません。先進国の中でも最も金融知識に乏しいことで有名な日本の高校生がそれを知っていることを、果たして期待できるでしょうか?
この連載の第8回で私は「教える順番をとことん慎重に考えろ」と書きました。
「何をどの順番で教えるか」は、教育計画の根幹です。世界史における「世界経済恐慌」の意味に実感を持つためには、その前に金融の知識を知っておくことが絶対に必要です。それを、「これは世界史の教科書であって、経済・社会じゃないから」とスルーして良いものでしょうか?
良くないのです。
別に、世界史の教科書に「金融の仕組み」を書けというつもりはありません。しかし、「ここに欠乏点があるぞ」と注意を促す記述ぐらいはあっていいはずです。例えば、
- 世界経済恐慌の意味を理解するためには「金融が社会を支える仕組み」を知っておくことが欠かせないので、それについては別の教科書で勉強してくれ
といった1行を入れておくだけでも良いのです。それがあれば、図3のようなごちゃごちゃした情報の山の中から「欠乏点」を浮かび上がらせるスポットライトになりますから。
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