探し物ファイル1――1983年のチョコクッキー(その1):Web時代の情報探索術
新聞、雑誌、写真、映像――Webにあらゆる情報が集中する時代。情報の多くは、Googleで検索すれば一瞬のうちに手に入るようになりました。しかし、Webだけでは見つからない情報もあります。味や形、過去の記憶……Webでは検索できない手がかりを基に、求める情報にたどり着く方法を探る「Web時代の情報探索術」が始まります。
インターネットとGoogleの時代である。
インターネットやGoogleと情報との相性は抜群によい。探し物が情報であるならば、探しているものがなにか知っていれば、インターネットは極めて強力に機能する場合がある。
今さらわざわざいうまでもないが、Webには情報はもちろんある。かつてない勢いで、あらゆる情報がインターネットに集中しているためである。新聞、雑誌、写真、映像、etc……。とはいえ、まだすべての情報がインターネットに載っているわけではないし、載っているとしても、探すのが容易であるわけでもない。探せたとしても、それを使えるわけではない。ここでいう使用とは、著作権の問題ではない。
例えばプログラミングである。インターネットとコンピュータの相性はきわめてよく、プログラミングのソースコードが大量に手にはいるが、それをそのまま使えることはまれである。なんらかのカスタマイズが必要なのだ。基本的には情報は「理解しないと使えない」のである。
情報を使うには、内面的な成熟が欠かせない。知るとは、事後的になにを知っていたかを知ることでもあり、手にしたものを見つめて、これが探していたものだったのかと悟るものである。
Webの歴史以前の情報
インターネットの歴史という問題もある。大づかみにざっくりいえば、日本でのWebは1992年の商用化、Netscape Navigator(1994年10月)やWindows 95(1995年11月23日)の登場以降に急速に発達した。デジタルカメラの発売もほぼ同時期であり、画像つきのWebページは、1995年以降の情報に限られるといってもよい。もっといえば、携帯電話やデジタルカメラが普及した2000年以降の情報には比較的画像も豊富だが、それ以前の情報は極端に少ないか、文字のみに限られる場合が少なくない。
Webへの継続的な情報提供という問題もある。Webの情報は、個人や企業や団体が行っているわけだが、しばしば個人は飽きることによって、企業や団体は、組織換えや廃業などによってなくなってしまう。その結果、Webの情報はひんぱんに失われる。インターネットアーカイブや、Googleのキャッシュなどで一時的に情報を得ることは可能であろうが、インターネットの情報の半減期は、かなり短いと考えられる。
こうしたなかで、少し前の情報を探すことは、とてもむずかしい。インターネットの詳細な歴史は、例えばこちらを参考にされたい。
「チョコレートコーティングされたクッキー」の1983年
具体例を出そう。筆者は長いあいだ、ある「チョコレートコーティングされたクッキー」を探していた。先日ついに見つけたので「探していた」と過去形ではある。
Webの情報を利用するときに内面的な成熟と理解が必要なように、クッキーの場合の「見つける」とは究極的には「食べる」ことを意味していると考えれば、まだ探し続けているといったほうが正確かもしれない。最後にそのクッキーを食べたのは1983年ごろだから、ざっと25年にもなる。
四半世紀も前の情報は、まずWebでは見つからない。Webにかぎらず、どこのなにを探しても、ほとんど見つからないといってもいい。探す手段を考えるのが大変なのである。これがクッキーでなければ、むしろ探すのはずっと容易だろう。
日付 | 事件 |
---|---|
4月 | 大塚製薬、バランス栄養食「カロリーメイト」発売。※4月の何日かという情報は見つからず |
4月15日(金) | 雨。東京ディズニーランド、オープン。 |
6月28日(火) | 俳優の沖雅也(31)が「おやじ、涅槃(ねはん)で待つ」の遺言を残して東京・新宿の京王プラザホテルの最上階(47階)から投身自殺。 |
8月16日(火) | 名古屋地下鉄東山線栄駅で火災。死者2、傷者5。 |
9月1日(木) | 大韓航空機撃墜事件。乗員29人と、日本人28人を含む乗客240人の合計269人全員が死亡 |
10月3日(月) | 三宅島 噴火。 |
10月14日(金) | 東北大学で日本初の体外受精児(試験管ベビー)誕生。 |
などがあるが、なんといってももっとも印象深い事件は、
- 9月1日(木) 大韓航空機撃墜事件。乗員29人と、日本人28人を含む乗客240人の合計269人全員が死亡
であろう。
食品系では、次のようなものもあった。
- 4月 大塚製薬、バランス栄養食「カロリーメイト」発売。
Googleでの検索数は、次のようになる。東京ディズニーランドと大韓航空機撃墜事件については、アマゾンでも検索してみた。Googleで多い順に並べた。
検索ワード | Googleでのヒット数 |
---|---|
東京ディズニーランド オープン | 36万5000件※Amazon.co.jpの和書では343冊がヒット |
大韓航空機撃墜事件 | 20万9000件/※Amazon.co.jpの和書では22冊がヒット、ほかに金賢姫などでも出版多数 |
カロリーメイト 発売 | 15万件 |
三宅島 噴火 | 10万8000件 |
沖雅也 自殺 | 3万6000件 |
東北大学 試験管ベビー | 2420件※意外と少ない |
名古屋地下鉄東山線栄駅 火災 | 76件※これも意外と少ない |
食品であっても、有名な商品はけっこう情報があることが分かった。このような「だれでも知っている」有名な事件なら、インターネットに限らず、あらゆるところで入手できるだろう。カロリーメイトならスーパーでだって売っている。
問題はさほど世間の注目を集めなかった情報の場合である。例えばこの年の年末。1983年12月31日(土)に都内では、雪が積もった。このあと、大みそかに雪が積もるのは、21年後の2004年12月31日(金)になる。
大みそかやクリスマスに降る雪は、ノルタルジーを誘い、なんだか幸福な気分に浸れるものだ。だが、地球温暖化が叫ばれて久しい昨今では、もはや東京では、年末の雪にお目にかかれることはないかもしれない。――などということには、別にだれも関心がないか、あるとしても気象庁のデータベースマニアか、環境問題に関心のある人くらいのものである。
「チョコレートコーティングされたクッキー」の手がかり
おそらく先の「チョコレートコーティングされさたお菓子」の関心度は、ひどく低いのにちがいない。さて、この場合どうやって探せばよいだろうか。
決定的な問題は、その「チョコレートコーティングされたクッキー」の名前が分からないことにある。名前も分からなければ作っていたメーカーも分からない。Googleで検索することもできない。分かっているのは、味の思い出と、パッケージの感じである。おいしかったので、もう一度食べたい。あの味、というのだけが先行している。
手がかりは次のようなものだ。
- 母と買い物にいったスーパーで、1980年代初頭の、たしか冬の時期にひんぱんに購入した。
- 小判形(というか、さいとう・たかを原作の特撮番組『超人バロム・1』の「ボップ」を彷彿とさせる形)である。
- パッケージは白地にクッキーのイメージが描かれていた。商品名はアルファベット表記で読めなかった。
これではとうてい探しようがないのである。探しようのないものではあるが、どうしても見つけたい。願わくはもう一度食べたい。年々強くなるそんな気持ちを抱えながら、御茶ノ水駅付近を何とはなしに歩いていたある日。「記憶の中のクッキー探し」の手がかりは、やはりWebではないところで手に入った――。
この話の教訓、あるいはポイントは、Webにある情報を探すには、文字に頼るしかない、ということであり、したがって商品名、商標、メーカー名、作者などの文字情報には、細心の注意を払うべきだ、ということにあるだろう。あるいはまた、見つかるまであきらめないことこそが、ほんとうのポイントかもしれない。
次回は、ついに見つけたクッキー探しの手がかりと、その後筆者が取った行動について見ていこう。
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