やればできるじゃん:518日間のはい上がり(2/3 ページ)
くわえタバコが腹に落ちて、焼け死にしかけた――というと大げさだけど、このままではいけないと思ったのは確かだ。そもそもいろんな“不幸”の原因って俺にあるんじゃないのか?
あった。『他人を思いのままに操縦する本』。ほこりを手で払ったら、咳き込んでしまった。どれぐらい掃除していないんだろう。自分の部屋のものをさわると怒るから、かみさんは俺の部屋の掃除をしてくれない。
帯に「悪用禁止」と書いてある。これを見て買うやつは、悪用しようと思うやつだけなんだろうな。思わず自嘲気味の笑いがもれる。
人に対して悪用しようと思わず、自分に対して善用しようと思ったら、書いてあることがまったく違って見えてきた。
前に読んだときには、人の視線の動きで心を読むとか、相手が視覚型か聴覚型か体感覚型かとか、ウマの合わない人と付き合う方法とか、そんなところばかり気になっていた。
人は目的を持って生きているとか、信念・価値観が大事とか、ピンチをチャンスに変えるとか、読み直してはじめて知ったことがたくさんあった。
読み直すうちにだんだん分かってきたことは、意志の力で悪習慣を絶つことはできないということだった。その習慣が自分にとって意味がある間は、絶対にやめられない。
では、どうしたらいいのか?
まず、その習慣が自分にとってどんな意味があるのかを知ることだ。その上で、続けるデメリットとやめるメリットを考える。
その習慣が自分にとって意味がないうえに、続けるデメリットもやめるメリットも大きければ自然にやめられるはず。
本当だろうかと思ったが、例の本を読む限りでは、そういう結論になるようだ。とにかく試してみよう。
まず、自分がなぜタバコを吸うのか?どうしてタバコに愛着があるのかを、書き出してみた。
- 吸うと落ち着く
- 映画で俳優がカッコよく吸っていたのを真似したい
- 男らしいと思う
- 吸うとイライラがおさまる
- 暇つぶしになる
- 考えがまとまる
- 休憩にちょうどいい
……結構出てくる。
じゃあ、タバコを吸い続けているとどうなるのだろうか?
- 金がかかる
- 喉が痛い
- 肺がんになりやすい
- そのほかの病気にもなりやすい
- 口がくさくなる
- 歯が黄色くなる
- 嫌煙家(多くは女性)に嫌われる
- 意志の弱いやつだと思われる(その通りだが……)
- 吸えない場所が増えてきたので街に出たらたいへん
- 会議や研修などに参加してもタバコが吸いたくなって、うわの空になる
- なんとなくうしろめたい
- 人前で吸うと迷惑がられる
……うーん。どうやらデメリットはかなり多い。逆にタバコをやめると、どんなメリットがあるんだろうか?
- 金が浮く(260円×3×30=2万3400円! ※当時)
- 吸えなくてもイライラしなくなる
- 知的に見える
- うしろめたさがなくなる
- 食事が美味しい
- 喉が痛くなくなる
- 歯がきれいになる
- 街に出ても吸い場所を気にしなくて済む
- 嫌煙家とつまらない論争をしなくて済む(結構していたなあ……)
- 意志の強い人と思われる
- 吸えないときも仕事に集中できる
俺はいま書き出したことを、名刺大のカードに書き込んで、いつでも眺められるようにした。それから空白のカードも一緒に持ち歩くことにした。自分がどういうときにタバコを吸っているのかを書きとめるためだ。
こうして、禁煙というよりは、自分にタバコは必要がないということをしっかり認知するための取り組みを始めることにした。
朝起きたら、いきなり目覚めの一服をしていた自分に気がつく。白紙のカードに「単に朝起きたら吸うことになっていたから」と書いた。そして、メリットとデメリットのカードを見直す。
夜寝る前に、今日書きこんだカードを見直した。すると「何の気なしに火をつけていた」「ただなんとなく」「食後だから」というカードが非常に多いことに気がついた。
もちろん「イライラしたから」とか「考えごとがまとまらなくて」というカードもあったが、実に少ないことが分かった。「男らしさを表現したくて」とか「女性にアピールしたくて」なんていうカードは1枚もなかった。
もう一度、メリットとデメリットのカードを見直して、明日からはただなんとなく吸うのはやめようと誓った。
何の気なしにタバコを手にとったのに気づいたら、火をつける前にメリットとデメリットのカードを見るようにした。そうしたら、タバコの本数が激減した。3箱必要だったのが、1箱を切るようになった。我ながら驚くべき成果だ。
不思議なことに本数が減ったら、イライラすることも少なくなった。そうなるとまたタバコの本数が減る。
次の変化は、イライラしても吸わない俺のほうがかっこいいじゃんと思えるようになったこと。そうるとまた本数が減る。どこまで減るのかが楽しみになってくる。
こうして向かえた9月1日。劇的な変化が起こった。タバコを吸う気がまったくなくなったのだ。
机の上には灰皿がおいてあり、その横に封を切ったタバコとライターがおいてある。吸いたくなったらいつでも吸えるという安心のためだ。しかし、1回も手が伸びなかった。
この変化があって、ようやく禁煙することを俺は誓ったのだった。一生タバコは吸わないぞ、と。
よし仕上げだ。この決意が本物かを試してやる。俺は、昔からの悪友でヘビースモーカーの竹下に電話をした。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.