「マクベス」魔女の予言は巧みな一撃説得だった:一撃「超」説得法(2/2 ページ)
一撃説得の極意を捉えている例がある。それが『マクベス』の冒頭にある荒野で3人の魔女がマクベスに呼びかける場面だ。魔女の巧みな説得術をひも解いていこう。
ルール3:能力を示して信頼を獲得する
説得を成功させるためには、相手から信頼されることが絶対に必要である。魔女はどのようにしてマクベスの信頼を獲得したのか? それは、「コードアの領主」という予言を的中させることによってである。予言が実現したときにマクベスは魔女の言葉を強く信じるようになり、魔女に全幅の信頼を置いたのだ。
「これほどの予言能力を持っているなら、その言うことに従っても間違いはあるまい。いやむしろ、積極的に従うべきだ」と思ったのである。そして「ダンカン殺害に踏み切っても、失敗することはないだろう」という確信を持つに至ったのだ。
従って「コードアの領主」というメッセージは、興味を持たせることと信頼を獲得すること、2つの目的を達成したことになる。ただし、これはこの場合の特殊事情だ。普通はこれらは、別の手段によって行う。
ここで、多くの読者は言うに違いない。「確かに魔女は巧みだ。しかし、それは魔女が未来を予見できる能力を持っているからだ。そうした能力を持たないわれわれとしては、魔女の方法を使うことはできない」
そうだろうか? 私はそうは思わない。魔女はマクベスのことを調査し、最近の戦いの状況もよく把握していたに違いない。コードアの領主が謀反を起こして敗れ、捕えられたこと、それは勇将マクベスの奮戦のたまものであることを知っている。だからマクベスが彼に代わってコードアの領主になるのは、十分ありうることと知っているのだ。「コードアの領主」と呼びかけるのは、それほどリスクがあることではない。
魔女は予言能力を持っていたのではなく、調査能力を持っていたのだ。調査であれば、われわれにもまねできる。
ルール4:「王」では非現実的だが、「領主」なら現実的
もう1つ重要な点に注意しよう。魔女は最初から「汝は王になる」と言ったのではない。
これは魔女の誘惑術の中で最も重要なポイントだ。ここに、シェークスピアの天才が現われている。普通の作家なら、最初から「マクベスよ、汝は王になる」というせりふにしたことだろう。
なぜ最初から「王」では駄目なのか? 非現実的だからだ。王には息子が2人いるから、よほどの大事件が起きない限りマクベスは王になれない。王は遠すぎる目標なのだ。しかし「コードアの領主」なら、多分なれる。いや、今回の戦闘のあとではマクベス以外に誰がその地位に付けようか? 魔女の最終的な狙いは、マクベスに王殺しをさせることだ。しかし最初から言わずに、巧みにそこに誘導している。
多くの説得は、この点を軽視して最初から遠大な目的を達成させようとしている。実際、書店に行くとさまざまなノウハウ書が並んでいるが、それらには最初から「王になれ」と言っているようなものが多い。
例えば「1億円稼ぐ方法」だ。しかし、それでは遠すぎて現実性がない。ホラになってしまう。現実的なのは、せいぜい「給料の他に月5万稼げる」「うまく転職すれば、年収が1割増しになる」程度だ。だがそれではインパクトがないと思われているのだろう。仕事のやり方を教える場合も「そうすれば社長になれる」では非現実的だ。「3年以内に課長になれる」なら、多くの人が多大の関心を寄せるだろう。
ところで、「コードアの領主は予言でなく、調査結果だ」と言った。では「汝は王になる」はどうか? これこそ、魔女の未来予知能力がなければ知りえないことではないか?
そうではない。マクベスは、ダンカンから王位を禅譲されたのではない。彼を殺害して、王位をさん奪したのだ。つまり魔女にそそのかされ、その通りに行動したのである。つまり魔女は予言したのではなく、マクベスをそそのかしたのだ!
魔女の「超」説得法 4つのルールのまとめ
魔女たちはまず名前を呼んでマクベスの注意を引き、彼が「聞きたいメッセージ(コードアの領主)」を投げ付けて、マクベスの心を捉えた。そうしてから、マクベスを操った。このメッセージは、信頼獲得の役割をも果たしている。そして、最終目的であるダンカン王殺害に誘導した。
なお、魔女の放った最後の一撃はそれが投げつけられた時点では、破裂していない。マクベスは、この段階ではまだ魔女を信頼していないからだ。この弾丸は、時限爆弾としてマクベスの頭に残った。そしてコードアの領主が実現したとき、マクベスは魔女を信頼し、爆弾が破裂したのである。
魔女の方法を研究しただけでも、これだけのことが分かった。それを、下図にまとめよう。
ルール | 内容 |
---|---|
1 | 注意を引く。無視されないようにする。名を呼ぶのが有効 |
2 | 関心を持たせる。興味を抱かせる。聞く価値がある話だと納得させる。「相手が聞きたいと願っているメッセージ」を投げかけるのが有効。相手が何を望んでいるかを知るには、調査が必要 |
3 | 信頼を獲得する。事前の周到な調査による予言は1つの方法 |
4 | 最初は現実的な目標を、具体的、簡明に示す。そして、徐々に最終目的に誘導する |
関連記事
- 田中角栄の一撃に見た――相手の心をつかむ「超」説得法
「超」シリーズで知られる野口悠紀雄氏が、成功する説得の要点を大公開。説得の理論、相手の心のつかみ方とそのタイミングなどを事例を交えながら解説する。 - 誰でも実践できる――野口悠紀雄に聞いた「超」説得法
「超」シリーズで知られる野口悠紀雄氏の最新著書は、相手を一撃で仕留める説得法。どのようにすれば一撃の説得法が身に着くのか。野口氏に尋ねてみた。 - Googleで変わった――「超」整理手帳と野口悠紀雄のクラウド仕事法
超「超」整理法の出版から約3年、クラウドを活用した仕事法に関する書籍を新たに出版した野口悠紀雄氏に、クラウドとのかかわり方や紙の手帳を併用したスケジュール管理、「超」整理手帳のiPhone/iPadアプリについて聞いた。 - 今だから勉強したい、たった2つのこと――「超」整理法の野口氏
『「超」整理法』などで知られる早稲田大学ファイナンス研究科の野口悠紀雄教授が社会人学習について語った。野口氏によると、一般的な大学を卒業したビジネパーソンが学ぶべきものは、「英語」と「数学」だという。 - iPadを仕事の母艦に――野口悠紀雄が語るiPad版「超」整理手帳の可能性
独自のじゃばら式スケジュールシートが特徴の「超」整理手帳――。そのiPad版である「『超』整理手帳for the iPad」が登場した。開発者の早稲田大学大学院教授・野口悠紀雄氏に制作意図や紙の手帳との使い分けを聞いた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.