インタビュー
» 2019年07月26日 05時05分 公開

暴力団取材の第一人者・溝口敦 「刺されてもペンを止めなかった男」が語る闇営業問題の本質「メディアの企業体質」に苦言(4/5 ページ)

[服部良祐, 今野大一,ITmedia]

ネットメディアの「罪」

――メディアの取材力低下といった問題につながる話ですが、溝口さんは昨今規模が広がっているネットメディアについて、どういう印象を持っていますか? 紙媒体と違い「情報が無料」である点には批判も少なくないです。

溝口: やはり、「情報にカネを払わない人は信用しない」と言ったら言い過ぎですが、僕はネットメディアに対して全面賛成、というわけにはいかないですね。情報というものを尊重する人間、文化というものを知りたいと願う人間にとって、「ネットメディアはその欲求を満たしているのか?」と疑問に思うのです。

 (ネットメディアの記事は)ほとんどの場合、無料で提供されている。情報の仕上がりがおざなりで、冗長になっていると思う。書き手の原稿料も安いので、どうしても「数で稼ぐ」ことになる。編集担当はいるんでしょうけれど、校閲の人間も(多くのネットメディアには)いないわけです。

 ネットメディアの送り手側には、「情報を送り出す」ことへの熱意が無い。彼らが興味を持っているのはページビュー数であって、これが上がればいいんだと。「Yahoo!ニュースに取り上げられるとうちのビュー数が途端に上がる」といったことに関心が移ってしまっている。そういう情報媒体に僕は感心しませんね。

――ネットメディアの記者として非常に耳が痛いです。ただ、実は溝口さんも、もとは会社員からキャリアをスタートさせていますよね。6月には、やはりサラリーマンから劇的な転換を遂げた人々の生きざまを取材した『さらば! サラリーマン』(文藝春秋)を出版しました。溝口さん自身の「脱サラ劇」を教えてください。

溝口: 徳間書店に入社して、最初は(雑誌の)『アサヒ芸能』に配属されました。「島倉千代子が今何しているか行って見てこい」とか、いきなり現場に突っ込む社員教育をするところでした。入社1年目でも完成原稿が書ける。記者という仕事を僕はこの1年で確立できたのですよ。徹夜して1本記事を書きあげるような作業が苦でもなく、楽しかった。

 2年目に、『月刊「TOWN」』という雑誌を会社が新たに作ることになり、その創刊準備編集部に異動になりました。3号目で上司に「山口組の話をやるから、お前は作家先生と一緒に神戸に行け」と言われ、その先生のフォロー役を務めました。

 ただ、その人が書いた記事を編集長が気に入らず「お前が書け」と言ったのです。僕がホテルに缶詰めになって書いた長文のドキュメントは評判になりました。その後、この編集長が会社側とケンカをして辞める事態になり、軒並み他の編集者が退社するのに同調する形で、僕も会社を去りました。

 その時の同僚の1人が出版社(三一書房)に入り、僕に「月刊『TOWN』で山口組について書いた文章を膨らませて本にしないか」と言ってくれたのです。それで失業保険を受け取りながら書き上げたのが『血と抗争』。ロングセラーになり、おかげで僕は結婚式を挙げたり、小さな新居を立てたりすることができました。

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