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» 2019年09月19日 11時02分 公開

「好き」を仕事にする強さ 40年休載なしの「こち亀」作者が語る働き方

 原稿の〆切厳守、時には徹夜も当たり前−。激務のイメージが強い漫画業界にあって、40年間一度も原稿を落とさなかったのが、漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)』の作者、秋本治さん(66)だ。自身初のビジネス書『秋本治の仕事術 「こち亀」作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由』(集英社)を刊行した秋本さんに、働き方の極意や「こち亀」への思いを尋ねた。

[産経新聞]
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 原稿の〆切厳守、時には徹夜も当たり前−。激務のイメージが強い漫画業界にあって、40年間一度も原稿を落とさなかったのが、漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)』の作者、秋本治さん(66)だ。自身初のビジネス書『秋本治の仕事術 「こち亀」作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由』(集英社)を刊行した秋本さんに、働き方の極意や「こち亀」への思いを尋ねた。(文化部 本間英士)

photo 「『こち亀』の連載が終わってから、ずっと夏休みが続いている感覚。漫画を描くことは本当に楽しいですよ」と語る漫画家の秋本治さん(松本健吾撮影)

仕事の「金言」宝庫

 「(3年前に)『こち亀』の連載が終わった後、『どういう風に仕事してるんですか?』と聞かれることが多くて。この本は、その質問への僕の答えです」

 同書は6章構成。限られた時間をうまくやりくりする「時間術」や、『こち亀』の多種多様なネタを思いついた「発想術」などが分かりやすい言葉でつづられている。

 〈どうしても面白いアイデアが出ないときは、悩む前にすっぱりと諦めます〉

 〈正確性は置いておき、とりあえず叩(たた)き台をつくることが肝要〉

 〈小さなイライラの芽は早期発見して自分でとっとと処理〉

 〈最短で成功をつかむためには回り道を厭(いと)わないこと。(中略)人を選ばず、なるべく広く交流を持つこと〉

 秋本さんの「仕事術」に奇策はない。漫画だけではなく、仕事全般に通用する金言の宝庫だ。

休むのはもったいない

 型破りの警察官・両津勘吉(両さん)が織りなすドタバタの日々を描いた『こち亀』は、秋本さんのデビュー作だ。昭和51年から40年にわたり、週刊少年ジャンプの顔であり続けた。

 「僕は漫画を描くことが大好き。好きなことを仕事にしたからこそ、40年間で苦しかった思い出はほとんどありません。仕事が楽しいので、休むのがもったいなかったんです」

 そんな秋本さんも、連載初年は仕事のペースがつかめず、徹夜作業もしていたという。その生活を、2年目からじょじょに改めていった。理由は「『こち亀』以外にも読み切り作品を描きたかったから」というのだから、恐れ入るしかない。

 まず、仕上げに当初7日かけていた『こち亀』を6日で描けるように工夫。その後、さらに時間を切り詰め、5日で仕上げるシステムを自身の中で確立した。

 「それまで『どうしようかな…』と2日悩んでいたネーム(漫画の設計図)などの時間を、『1日で仕上げる!』と決めました。こうすると、週1日空きます。歯磨き粉のチューブをしぼるように、無駄な時間を少しずつ省いていけば、大きな時間を作れるんです」

 その結果、原稿のストックは常時5〜6本を確保。「貯金」を常に保つことで心に余裕が生まれ、空いた時間を遊びやネタ探し、旅行にも使えるようになり、それが『こち亀』という作品が持つ遊び心に生かされる−という好循環を生んだ。

 「僕はずぼらな性格。ただ、仕事だけはまじめなんです」

社会人経験が大きかった

 この「仕事術」の骨格は、漫画家になる前に経験した約2年のアニメーター時代にあった。

 高校卒業後、竜の子プロダクション(現タツノコプロ)に入社。脚本、原画、アフレコ、編集…など多くの作業工程からなるアニメ制作現場で得たものは大きかった。「この社会人経験があったからこそ、作業が遅れることがどれだけ大変なことかを身をもって学びました」と振り返る。

 読者アンケートで人気がなければ、即打ち切り。厳しい競争で知られるジャンプでの連載も、秋本さんのプロ意識を高めていった。

 「ジャンプには新しい人たちが次々入ってきます。どんどん新しいネタを仕入れ、作品をステージアップさせないといけないんです」

 事実、『こち亀』は作風を融通無碍に変えていったことでも知られる。初期の劇画調から、次第に下町の風景を描いた作品に変化。ポケベルにPHS、ボーカロイドなど連載当時の最新トレンドも積極的に取り入れた。何より、主人公の両さん自身、警察官でありながらすし職人の修業をするなど、「設定」という枠にとらわれなかった。

 「こち亀が最初のハードボイルド風ギャグ路線のままだったら、これだけ長く続かなかったでしょう。漫画に限りませんが、変化を恐れないことが大切なのだと思います」

「こち亀ロス」的感覚も

 本書には平成28年、『こち亀』の連載を終えたときの心境もつづられている。

 「『こち亀は死ぬまで描きます』と言っていた時期もありましたが、連載40年、200巻というのはちょうどいい区切りでした。やめるのはとても難しい決断でしたが、いつでも続きを描ける“ホームグラウンド”であるからこそ、とんでもない終わり方はしたくないと思っていたんです」

 連載終了から約3年。最近、ようやく「こち亀ロス」のような感覚を覚えたという。「自分でもよく描いていたな、と客観的に思いますね」。一方で、今後も「機会があれば描いていきたい」という。例えば、同作の中でも特に思い入れがあるという「希望の煙突」(141巻収録)の“続編”を描くアイデアもある。

 「僕の中で両さんは絶えず動いているんです。僕は今、Vチューバー(バーチャルユーチューバー)が大好きなんですが、両さんがVチューバーになったら面白いと思いますね」

 そう遠くないうち、また両さんと再会することができそうだ。

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