
SAPの旧バージョンのERP(統合基幹業務)システムを利用する企業にとって、最新の「SAP S/4HANA」への移行は大きな経営課題だ。自社の業務をあらためて棚卸しして新バージョンへの移行に向けた理由や目標に目星を付けるのは長い道のりになる。「システム移行に向け業務プロセスの見直しが必要だとは分かっているが時間がない」「そもそも、どこから手を付ければいいのか分からない」と悩む企業にとって、富士通のS/4HANA導入事例は多くの示唆をもたらすだろう。
富士通はデータドリブン経営とオペレーショナルエクセレンスの実現に向けた全社経営プロジェクト「OneFujitsu」と、そのコアとなる基幹システム刷新プロジェクト「OneERP+」を経て、さまざまな改善の成果を創出しつつある。同社の施策は2024年12月に開催されたジャパンSAPユーザーグループ(JSUG)イベントの中でも大きな反響を呼んだ。本稿は、JSUG会長を務める数見篤氏と、富士通でSAP事業を指揮・推進している有村大吾郎氏の対談を通して、S/4HANA移行とビジネスプロセス変革の理想的な進め方を探る。
――SAP ERPのサポート期間は2027年まで延長されましたが、ユーザー企業のS/4HANA移行プロジェクトはどのような状況でしょうか?
数見氏 S/4HANAへの移行は以前から大きなテーマでしたが、ここ1〜2年で随分動き出した印象を受けています。JSUG会員を対象とした2024年のアンケート調査で、半数以上が移行プロジェクトを開始したと回答しています。まだ計画段階や検討段階の企業も4割ほどいますが、旧システムの維持を選んでいるわけではなく、S/4HANA移行と合わせて業務プロセスをどう変革すべきかを検討することに時間をかけているケースが多いように感じます。
有村氏 私も同じ見解です。富士通もSAPユーザーですが、S/4HANAの導入支援をする立場でもあり、さまざまなお客さまの声を聞いています。移行したくないのではなく、意味ある形で移行したいとの考えのもと、移行前の検討に時間をかけている企業と、まずは簡易に移行して、後から価値創出に取り組む企業という、2つのタイプのお客さまに分かれている様子です。
――S/4HANAへの移行そのものに悩む企業は少なくなってきたのでしょうか?
数見氏 はい、そのフェーズは既に過ぎたという認識です。ユーザー企業の間ではクラウドサービスやAI技術の活用というキーワードが日常的に出ており、単なるS/4HANA移行ではなく、クラウド移行支援サービス群「RISE with SAP」を活用してどう価値を創出するかを検討する段階に来ています。前述のアンケート結果でも、移行時のライセンス形態は導入中・検討中の半数がクラウドを選んでいました。ビジネスを取り巻く環境の変化はますます早くなり、経営判断も速めなければならなくなっています。オンプレミスシステムを使い続けて、新機能のバージョンアップは数年に1回というペースでは、時代の速度に追い付けません。だからこそクラウド型ERPで常に最新のバージョンを保ち、最新技術を積極的に取り入れて意思決定を下すことが、世界的なトレンドになっています。進化する新しい技術をどう活用すればビジネスプロセスをシンプルにできるのか、この検討に時間をかけるのは当然の流れでしょう。
――ビジネスプロセスの整理においては、どのような課題に直面しているケースが目立ちますか。
数見氏 グローバルでビジネスを展開する企業は特に、ビジネスプロセスの複雑化に悩んでいるようです。だからこそ、2024年12月のJSUG Conferenceで講演していただいた富士通自身の取り組みは、ユーザー企業に気付きを与えたようで、参加者から大きな反響がありました。
有村氏 時田隆仁が代表取締役社長に就任した2019年以来、富士通は「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」をパーパス(企業の存在意義)としてさまざまな変革プロジェクトを進めてきました。この事業変革を支えるのが「OneFujitsu」という取り組みで、その中核にグローバルでの基幹システムの刷新である「OneERP+」プロジェクトがあります。「OneFujitsu」はITプロジェクトではなく経営プロジェクトと位置付けて、「データドリブン経営」と「オペレーショナルエクセレンス」の実現に向け取り組んできました。
「OneFujitsu」で目指す姿を実現するには、グローバルで標準化を進める必要があり、データドリブン経営の実現には「組織」「データ」、オペレーショナルエクセレンスの実現には「制度・ルール」「業務プロセス」を、地域、会社、業務、ITの軸で整理し標準化を進める必要がありました。最初は関連する情報を「Microsoft PowerPoint」や「Microsoft Excel」を使って資料化していたものの、膨大な量のビジネスプロセスを手作業で管理し整理するのは限界がありました。
――その課題を、富士通はどのように解決したのでしょうか?
有村氏 解決の鍵になったのはビジネスプロセス管理ツール「SAP Signavio」でした。2021年1月にSAPによるSignavio買収が発表されてすぐにツールの検証を開始しました。これまでPowerPointなどで作成していたビジネスプロセス資料をSignavioで管理できるようになったことで、ビジネスプロセスの可視化から標準化までが一気に効率化しました。資料ファイルのバージョン管理が不要になったこと、複数ファイルを開かずにさまざまな軸でプロセスを確認できること、日本語・英語などの多言語変換が自動で切り替えられることは、グローバルのメンバーで遂行されているプロジェクトにおいてたいへん大きなメリットでした。
――「OneERP+」が稼働し、これから導入効果を創出するフェーズになりますね。ビジネスプロセスの可視化で重視するポイントを教えてください。
有村氏 一般的にはERP導入で各種経営指標や業務指標が見えるようになりますが、これをわれわれは「トップダウン分析」と呼び、それに加えて「ボトムアップ分析」を突き合わせることをやっています。ERPがあれば受注や在庫情報、原価など、さまざまなデータを可視化できます。ただし、指標に問題があることが分かっても、それだけではその原因が分からないため、その原因を作ったビジネスプロセスを確認しないと解決できません。それをわれわれはボトムアップ分析と呼んでいます。経営観点で収益やコストからブレークダウンしていくトップダウン分析と、現場でどのようなプロセスで数字が積み上げられていくのかというボトムアップ分析の両方ができて、初めて業務改善につながると考えています。このボトムアップ分析で有効なのがSignavioです。
Signavioは、ビジネスプロセス管理ツールとして活用し始めましたが、さらにそこで定義した標準プロセスに沿って業務が進んでいるかを確認でき、標準から逸脱したプロセスを検知することが可能です。「3日で終わるはずのプロセスに5日かかった」「定義していないプロセスで業務を進めた」場合、どういった時にそれが起きているのかを理解することで改善できますし、逸脱するケースが多いならば定着化に向けたアクションを取ったり、そもそもの標準プロセスの定義の再検討の必要性を議論したりできます。さらに世界中のSAPユーザー企業データに基づいたベンチマークも確認でき、自社と同業種、同規模の企業とを比べた状況を把握することで、改善目標を立てて取り組むことは非常に有効です。
数見氏 Signavioはいわゆるプロセスマイニングツールのイメージが強く、このようなプロセスマネジメントとしての活用法はとても意外でした。事業が似ていても文化や商習慣で異なる部分は多く、複雑なビジネスプロセスをどう標準化するのかに悩む企業にとっては富士通の実践例が大いに参考になると思います。
――プロセス標準化にはデジタルアダプションツール(業務用アプリケーション定着支援ツール)の「WalkMe」も活躍しているそうですね。
有村氏 はい。Signavioでビジネスプロセスを定義しても、従業員がその通りに動けないことも多いでしょう。新しいプロセスやシステムの使い方をトレーニングするのにも手間がかかります。この問題を解決するのが、ユーザー体験(UX)を向上させるWalkMeです。定義したプロセスに合致した操作へユーザーを導くことで、プロセスのガバナンスを強化します。Signavioで把握したプロセスの流れと、WalkMeで把握した個人のオペレーションレベルの情報を組み合わせると、さらなる深掘り分析が可能になります。社内の問い合わせ数の減少や、システム操作時間の削減にも役立っています。
――プロセスの改善では、どのような工夫を考えていますか?
有村氏 弊社は「OneFujitsu」として、ERPをはじめ「SAP Ariba」「SAP SuccessFactors」「SAP Concur」や「BlackLine」、そして「Salesforce」などさまざまなソリューションを組み合わせて利用しています。ビジネスプロセスはSignavioを通して横断的に管理し改善を進めていますが、ビジネスプロセスを一度デジタル化しても、その後も業務変更や追加は起き続けるので更新が進みます。その中で常に「どのプロセスに共通項があるのか、統一できるのか」を目視で見つけるのは難しいため、当社のAI基盤「Fujitsu Kozuchi」を活用した検証を進めています。Signavioで管理する複数のビジネスプロセスを生成AIにインプットし、そのプロセスを比較して共通点や相違点を業務改善ポイントの示唆として抽出できれば、業務標準化や効率化の検討がさらに加速します。また、生成AIにさまざまな業務プロセスが記述されたデータを読み込ませておき、新たな業務プロセスとして「こういう業務をやりたい」と自然文で指示することで、AIが自動的に業務プロセスを記述してくれる、という使い方も検証しています。
数見氏 SAPはグローバルのキーメッセージとして「AIファースト」「スイートファースト」を打ち出しています。スイートファーストとは、S/4HANA以外のSAPクラウドアプリケーションの活用を推進しSAP内外のデータも含めて統合的に集め、経営に活用することを指しています。まさに富士通の工夫のように、ERP製品だけで全ての課題を解決しようとするのではなく、連携可能な幅広い手法を検討して最適解を探すことをお勧めしたいです。
富士通のS/4HANA導入プロジェクトは、企業としての方向性を「OneFujitsu」という形で明確にした上で、RISE with SAP移行を進めるという、理想的な実践例だと思います。
2025年8月6日にはSAPとJSUGの共催で「SAP NOW AI Tour Tokyo & JSUG Conference」を開催します。こういった機会を生かして、富士通のような先進的な取り組みを多くの方に伝え、知見を広めていくことがわれわれの役割です。
有村氏 そのように言っていただけると大変ありがたいです。富士通はS/4HANAへの移行に悩んでいるお客さまに対して、社内実践知に基づく支援サービスを提供します。S/4HANAへの移行に向けて当社が提供するERPアセスメントサービスは、従来はシステム環境やデータボリュームなど技術面の支援が中心でしたが、現在はSignavioを活用した業務プロセス改善などの支援と合わせて提供させていただいています。ERPの導入目的や導入効果の実現に向けて、活用状況を評価し問題点を見つけ、改善案を提示し、改善後のプロセスを再度評価する……というサイクルを繰り返すことで、お客さまの改革を支援し目標達成に向けて継続的に伴走するのが私たちの使命です。
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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2025年5月7日