
AI活用など「攻めのDX」を掲げる中小企業は多いが、足元の業務基盤が整わず成果を出せないケースは多い。こうした課題に対し、産学官連携でバックオフィス業務の変革を推進する「岐阜モデル」が注目を集めている。なぜ岐阜モデルは、課題を乗り越えて中小企業DXの先進事例になれたのか?
多くの中小企業が「攻めのDX」を掲げているが、実際にはその前段階で足が止まってしまうことも多い。新商品の開発や顧客開拓を目指す「改革」の意欲はあっても、日々の業務に追われてリソースを確保できていない。労働人口の減少が加速する中で、この課題は特に地方にとって死活問題だ。
こうした現実に対して、岐阜県DX推進コンソーシアムの理事長を務める松島桂樹氏は次のように語る。
「改革と改善は並行して取り組まなければなりません。改善がない改革はありませんし、改革の心がない改善もまたないですから。とりわけ中小企業は、改善と改革の担当が明確に分かれていないことが多く、社員全員が日常業務を担いながら試行錯誤しているのが実情です。しかし逆に言えば、『あなたは改革だけ考えなさい』『あなたは改善を考えなさい』という分業が難しいからこそ、“改善しながら改革する”というアプローチができるはずです」
日常業務に追われるこうした構造は、変革に向けた余力を奪う要因にもなっている。岐阜県庁の千田友清氏は「地方では若者が大都市に流出し、労働人口が確実に減っています。限られた人員で生産性を高めなければ生き残れない時代が来ています」と指摘する。
中小企業の最も深刻な経営課題は、まさにこの“人”に起因する。人手不足の中で新しい仕組みを導入しても、業務が非効率なままでは無駄な人件費やコストがかかり、成果が持続しないからだ。松島氏も「お金がなければチャレンジも生まれません。つまり、バックオフィスの効率化なしに改革は進まないのです」と強調する。
多くの企業では、受発注や請求、会計などのバックオフィス業務が属人化かつ複雑化しており、いまだに紙ベースのやりとりが残っている。この“守り”の領域が非効率なままでは、いくら“攻め”のDX戦略を描いても実行に移せない。つまり、中小企業が真に変革を起こすためには、まず足元の業務を見直して生産性のボトルネックを取り除くことが不可欠だ。
労働力減少という避けられない現実を前に、経営の持続性を確保する。そのための出発点こそ、属人化、非効率化したバックオフィスの刷新――すなわち「守りのDX」だと言える。
守りのDXとしての業務変革に本質的に取り組んだのが、岐阜県が推進する「岐阜モデル」だ。中小企業のデジタル化を後押しするこの取り組みは、行政主導ではなく企業や大学、支援機関が自ら学び合うプラットフォームを築いた点に特徴がある。松島氏は、その原点を次のように振り返る。
「当初はIoTの活用を通じて中小企業のデジタル化を推進したいという思いから始めました。県が各社に補助金を出すだけでなく、企業や地域の人たちが学び合う場、交流の場をつくり、そこで共同研究や視察、勉強会などを行う形を採りました。補助するよりも、学びを通じて企業が自ら動き出すことを重視してきたのです」
岐阜モデルはトップダウンの施策ではなく、企業が主体的に動き、行政がそれを支援する「学び合う場(プラットフォーム)づくり」という枠組みを採用している。企業が実際に現場で感じる課題や改善の必要性を出発点に、大学や支援機関が技術と知見で支えるという連携の形だ。
千田氏も、「行政だけで考えていてもデジタルインボイスのようなテーマは出てこなかったと思います。企業の現場から生まれたアイデアを実現するために技術を持つ企業や県内の大学が連携し、コンソーシアムとして取り組んできたからこそ生まれたものだと言えるでしょう」と、このアプローチの意義を強調する。
その結果、バックオフィス業務という一見地味だが実は根幹的な領域にも光が当たった。請求処理や経理業務といった日常業務のデジタル化を通じて企業が自ら課題を見つけ、解決を模索する土台が形成された。松島氏は「私たちは企業に教えるというより、企業から学ばせてもらっているという感覚です」と語る。
行政がツールを押し付けるのではなく、企業が課題を認識し、解決策を共に探る。その姿勢こそが岐阜モデルの先進性であり、変革を支える持続的な基盤となっている。
岐阜モデルの取り組みは、単なる意識改革や学び合いの場づくりにとどまらない。多くの中小企業が共通して抱える最大の非効率、すなわち「請求〜決済・経理プロセス」の変革へと発展していった。その中心に位置付けられるのが、金融のシステムインフラ「ZEDI」(全銀EDIシステム)だ。
ベンダーとして、ZEDIが組み込まれたパッケージソフトの開発を担うミライコミュニケーションネットワークの上野麻記子氏は、この取り組みの背景にある現場の課題を次のように語る。
「多くの中小企業は、受発注から請求、入金業務をそれぞれ別の仕組みや担当者で処理してきました。電話やメールで受注内容を確認し、請求は別のフォーマットで作成する――といった具合です。結果として受注と請求のデータが分断され、どちらも手作業で二重に入力せざるを得ない状態になっていたのです」
この分断構造は、入金処理の段階でも深刻な非効率をもたらしていた。「実際に入金があっても、それがどの請求に対するものかを照合する入金消し込みは多くの現場で人の目と勘に頼って行われています。金額が一致していてもタイミングがずれたり、取引先ごとに振り込み名義が異なったりすることもあり、人為的なミスが発生しやすい領域でした」(上野氏)
こうした課題を根本から解決するために開発されたのがZEDIだ。ZEDIは、従来の振り込みデータ(金融EDI)に請求書番号などの商流データ(商流EDI)を添付できる仕組みであり、商取引におけるデータの分断をなくすことを可能にした。上野氏は「ZEDIによって、これまで紙や目視確認に頼らざるを得なかった入金照合を、信頼できるデータで自動的に突き合わせることができるようになりました」とその効果を語る。
ZEDIの導入によって、従来の手作業や目視確認に依存していたアナログな処理が大幅に削減され、入金照合作業の正確性とスピードが飛躍的に向上する。人が関与せざるを得なかった「守りの業務」が、データによって可視化、自動化されるという守りのDXの基盤そのものが岐阜モデルの中で具現化されたという。
岐阜県大垣市で土産物店などを運営する「船町湊まちづくり」も、岐阜モデルの取り組みでZEDIが組み込まれたパッケージソフトを利用した企業だ。
同社の三輪良江氏は利用前の状況を次のように振り返る。
「軽減税率の導入で、商品によって税率が異なるようになりました。間違いが許されないため、請求や会計処理のたびに紙で二重三重のチェックを行っていたのです。結果として時間のロスが大きくなり、一部の担当者に負荷が集中していました」
そこで同社はZEDIを使用した実証実験に参加した。「ZEDIが組み込まれたパッケージソフトを使うことで、請求から入金までの流れを“確かなデータ”でやりとりできるようになりました。作業時間の削減ももちろん大きいのですが、それ以上に『間違いが起きない』という安心感があります」と三輪氏は語る。
開発ベンダーとの連携も、現場での運用を強く支えた。「導入の過程で『こういうことができるか』と相談すると、開発側が工夫を重ねて実現してくれました。現場とシステム開発の相互理解があってこそ、使いやすい仕組みにできたと思います」
開発側である上野氏も「実際の業務でどこに不便があるかを現場から具体的に教えてもらえたことが、適切な改良につながりました」と振り返る。
こうしたやりとりを通じて、企業とベンダーが同じ方向を見据えながら改善を重ねる――まさに“伴走型”の取り組みが、ZEDIの効果を最大化したと言えるだろう。
岐阜モデルが描く変革の本質は、守りのDXを終着点とせず、その先にある「攻めの改革」へとつなげる点にある。松島氏はその意義を次のように語る。
「DXの目的は単に業務を効率化することではありません。守りのDXで生まれたリソースを攻めの改革に振り分ける。そこにこそ本当の価値があります。無駄を省くだけではなく、その時間を新しい挑戦に使ってこそ企業は次の成長段階に進めるのです」
三輪氏も、ZEDI導入によって生まれた時間が次のステップにつながる手応えを感じている。これまでチェックや確認に追われていたスタッフの時間が減ったことで、「こういう企画をやってみたい」「こんな商品を出してみたい」と発想する余裕が生まれたのだという。経理担当者も数字を見るだけでなく、自ら売り上げや施策について考えるなど「マルチプレイヤーとして会社を支える存在になりつつあります」
千田氏は、こうした変化が企業の枠を超え、地域や社会全体に広がることに期待を示す。
「デジタル化によって生まれた時間をどう使うか。新しい事業を生み出すこともできますし、場所にとらわれず多様な人が活躍できる環境をつくることもできます。特に地方は、人が減ることを悲観するのではなく、デジタルの力で“働き方の選択肢”を増やすことが重要です。そこにこそ、DXの本当の価値があると思います」
デジタル基盤を支える側の上野氏は、「DXのゴールは単調な作業をコンピュータに任せ、人間がより創造的な仕事に時間を使えるようにすること」と語り、続ける。
「ZEDIはその変革を“足元から”支える存在です。バックオフィス業務の効率化は地味に見えるかもしれませんが、その積み重ねが企業の未来を変えるのです」
業務の自動化は目的ではなく、あくまで新しい価値創造のための手段。岐阜モデルを通じて見えてきたのは、デジタルが“人の可能性”を広げるという確かな手応えだ。守りのDXで生まれた時間が、次の挑戦を支えるエネルギーへと変わる──中小企業の明るい未来は、すでにその第一歩を踏み出している。
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