» 誠Style »

食通の舌を唸らせる、安渓鉄観音茶と精進料理
チャイニーズ・プロヴァンス「厦門(アモイ)」

 「つかの間のショートバカンスに、ちょっとレアな体験をしてみない?」
と、女友達に薦められ、アモイに行ってみた。

 アモイという街の名を聞いて、どこにあるか即座にピンと来たならば、なかなかの中国通である。アモイとは福建語の呼び方で、本来の中国で使われる標準語(北京語)では厦門(シアメン)という。日本からの直行便が増便され、昨年の冬頃からメディアでちらほらと取り上げられるようになった。とはいえ、まだまだ情報が少なく、観光地としてはマイナー感があるのが、逆にテンションが上がることに。

 「よしっ、行ってみよう!」と、飛行機に乗ること約4時間。思ったよりずっと近い! 空港に降り立つと、もわっとした熱気に包まれた。
 突き抜けるような青い空に、くっきりと浮かぶ白い雲。ブーゲンビリアが咲き乱れ、椰子の木が立ち並ぶ。中国といえば北京や上海への渡航が多く、「中国の天気=薄曇り」「中国の空気=粉塵」のイメージが強い(ごめんなさ〜い)筆者としては、空気のキレイさにまず驚き!
 タクシーに乗ると、陽気な運転手に話しかけられる。こちらがあまり中国語が上手ではないことがわかると、ラジオに合わせて歌を唄いだした(笑)。

中国でも有数度の透明度を誇る翡翠色の海は、子供のみならず大人でも飛び込みたくなる(写真上)、厦門一の目抜き通り「中山路」はショッピングも食事にも便利(写真下)

 湾岸を走り、港にさしかかると、海の向かい側に小さな島が見えた。白い壁にオレンジ色の屋根をしたコロニアル調の建物が並ぶエキゾチックな風景である。突端には大きな石像が建っており、テーマパークのようにも見える。
 「あれは鼓浪嶼島(グーランユイ)だよ。美しい島で、真珠にも喩えられている。あそこに行かなきゃ、厦門に来たとはいえないね」
 鼻歌交じりの運転手の言葉に、明日さっそく行ってみようと決意!

世界で最も美味なる烏龍茶

 ホテルに荷物を置き、さっそく街をぶらぶら歩いてみた。海風が心地よい。
 福建省は烏龍茶の名産地である。特に、厦門からほど近い千メートル級の峰が連なる安渓産の鉄観音茶は、“世界で最も美味なる烏龍茶”と言われている。おみやげに良いお茶を買っていこうと、ホテルのフロントでおすすめのお店を聞いてみると、高級な茶館よりも街の普通のお店が良いとのこと。試しに、変哲のなさそうな茶館に入ってみた。

鮮やかな手さばきでお茶を煎れる”茶芸”。茶館だけではなく、街中で日常的に見られる光景(写真上)、茶館でお茶を買うと、生の茶葉をその場で真空パックして缶に詰めてくれる(写真下)

 店頭に並ぶお茶の缶を手にとってみると、なんとみんな中身が空っぽ! 「はて、これは一体……」と首を傾げていると、お店の女性が話しかけてきた。茶葉は全部冷蔵保存しているそうで、まず試飲してから、気に入ったものを買って欲しいとのこと。おそるおそる値段を聞いてみると、100グラムで25元からあると聞いてホッ。

 店の奥には専用カウンターがあり、鮮やかな手つき(茶芸というのだそう)で煎れてくれた。これが「今まで飲んでいた烏龍茶は何だったの〜っ!?」と思うほど、美味しくてビックリ! うっとりと飲んでいると、お店の人が喜んで、どんどん値段の高いお茶を出してきてくれた。高級になるにつれて、煎れられたお茶の色が金色に輝き、雑味がなくなっていくのが素人でもわかる。まるで、鼻孔を抜ける一陣のそよ風。

 近所の中国人が入れ替わり立ち替わりお茶を飲んで世間話をしていく様子は社交場さながら。こよなく烏龍茶を愛する厦門人に認められていることの証である。ほかの高級店で、既にパッケージングされている新茶の試飲もしてみたが、先に味わったお茶にはとても叶わない味だった。

VIPに愛された料理に舌鼓

 港街・厦門のグルメの楽しみといえば、もちろん海鮮中華。けれども「厦門に来たなら、食べなきゃ損!」という隠れた名物がもうひとつある。それは南普陀寺の素菜(精進料理)。

南普陀寺の精進料理。こちらの料理は、竹を燃したキュウリの細工が美しすぎる「竹影情長」。竹のように気持ちが長くなり、大らかな人生を送ることができるという意味(写真左)、至るところに花が飾られている南普陀寺は、山をバックに海を望む、風水で最高の場所に建てられており、参拝客が後を絶たない(写真右)

 「え〜っ、オーシャンフロントの街で、なんでわざわざ精進料理なんか……」という偏見は、テーブルについた瞬間から、ぶっ飛ぶこと確実。すべての料理が一級細工師の手によって豪華絢爛に飾り付けられ、中国古来の世界観を表現する“皿の上の芸術”なのである。
 「中国各地には様々な素菜がありますが、南普陀寺の素菜は肉や魚を模するのではなく、素材の産地や盛りつけの美しさにこだわっています。食事とともに文化を理解して欲しいというのが私たちの願いです」と同寺の住職さん。
 厳選された素材と磨き抜かれた料理人の技、細胞から浄化されるかのごとき清冽な味わい――フカヒレや伊勢エビ、アワビなど、お馴染みの高級食材を本場で味わうのも旅の楽しみではあるけれど、魯迅や江沢民、鄧小平など、文人から国家主席まで幅広いVIPに愛された料理に舌鼓を打ち、最高にセレブなひとときに浸るのも一興というもの。

厦門は石の産地であるため、経文を彫った岩が多い。こちらは大変な御利益があるそう(写真左)、南の海に咲く金の蓮花を模した「南海金蓮」は、目にも美しい風雅な一皿(写真右)

取材・文/似鳥 陽子
撮影/永山 昌克