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快楽旅団

vol.04 海外で棲むということ01

 何年かに一度海外で生活する機会に見舞われる。これまでもロンドン近郊、ニューヨーク、L.A、香港と脈絡のない変遷。
 現在、会社の都合もあり、香港に月の半分宿を置く。 香港の正規な名称は、中華人民共和國香港特別行政區。 中国であって、中国である。
自分は、海外にいるが、その魂は、もちろん日本にある。

香港は、日本から飛行機で約4時間。
香港といえば、ジャッキーチェンをはじめとしたカンフーやコピー商品などのまがい物…。
とにかく怪しいイメージそして喧騒の街が想像される。もちろんその色も残しているが、97年のイギリス領から中国へ返還以降、思いっきり進化し、香港は一足先に22世紀に生きている。
  成長著しいアジア大陸本土の中でも北京や上海との近代化とは比べ物にならない成長しているのだ。
かつてバックパッカー時代に香港を足しげく訪れた時は、魔窟そのものだった。
九龍城のその凶悪ぶりは、「city of darkness」という重量級の写真集に詳しいので探してもらいたい。

1997年にイギリス領から中国へ返還され、怪しいインフラは整備され、今や近代都市。その一例が、アジアの入り口である空港だ。香港国際空港は、かつての啓徳空港から、ランタオ島のチェクラップコック空港へ移動した。 啓徳空港といえば、市街地ビル群をすれすれの高さを飛行して着陸する飛行機が、名物(ThinkPadのCMにも採用)であったが、今やその影もない。また鼻を掠めるその香港臭は、一切ない。
今やかつての怪しい雰囲気やその面影はあまりない。自分としてはそっちの方が好きなのだが…。
それもそのはず、香港国際空港は2005年、顧客満足度世界第1位、今年は2位という輝かしい成績を持つ。空港から専用列車に乗ればあっという間に香港駅到着。その真上に位置するIFC(香港国際金融中心)に到着する。IFCは、アジア金融の中心で様々な企業が集められたビジネスビル群。弊社もここに事務所を構える。
六本木ヒルズのタワーが2つあるものと思ってほしい。その横にIFCモール とフォーシーズンズホテルが併設する。香港では絶え間なく開発が続けられている。この地に居を構えて思うのが、やはり、アジアの中心は香港であると感じずにはいられない。
フィリピン、韓国、中国でビジネスを展開し、おなじく居を香港に構える人が実に多いのだ。 これが蒸暑い香港が教えてくれたカルチャーショックのひとつ。 これが蒸暑い香港が教えてくれたカルチャーショックのひとつ。

香港で通用する言葉は、英語そして広東語。中国語とは全く別もので、カンフー映画で親しんだある意味暑苦しいい響きのあの言語だ。とにかく一つの言語だけでなく自由自在に操り、自分が生きるための手段として使用しているのが、アジアの人々の強みだ。

我々日本人は、中高、大学と大幅に時間を費やした割には使えない英語教育について、考え直す必要があるだろう。
海外至上主義とはいわないが、やはり現場に投入されサバイバルしないと…。
人間、リスクを背負わないと身に付かないものである。
自分の置かれている立場を客観的に見ることが必要であるだろう。
かつてもてはやされたグローバル化のスローガンによく謳われた…

Think Globally, Act Locally.
だが、あえてこう思ってほしい。
Think Locally, Act Globally
(世界で活動しながら、地域で考えよう)と考えたい。
いまや世界を飛び回っていても日本で仕事はできるのである!…たぶん。
そんな蒸し暑い香港を喰らう!詳細は次回!

ロケ地 香港

きっとこんなイメージ香港…。

空港はビックリのきれいさ

20分もすれば香港島中心へ

これが、IFC。ここだけ物価が2倍。

地下からIFCへ直結。

著者紹介
猪蔵(いのぞう)
株式会社ヒマナイヌ 取締役副社長いつも腹ペコ。世の中の面白いことを常に探っている在野編集者兼古物商。大学在学中より映像編集をはじめる。傍ら、株式会社まんだらけの店頭公開業務に取締役として従事。公開後、株式会社イマジカに移籍し、ソフトウェア開発を行なう。また映像専門誌「DVJ」編集デスクも務める。2003年(株)ヒマナイヌを起業。現在は東京麻布十番のカフェ縁縁を経営他、投資会社(株)アストリックス・キャピタル・パートナーズの取締役に就任。一瞬香港在住。プランニングを中心に映像に関するライティングや著書、TV番組の構成も手がけるなど多方面に活躍中。「人への思いやり」や「おもてなし」をテーマに頓知の利いた商品を世に送り出そうと奔走中。

http://www.himanainu.jp/




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