自然写真のフィールドとしてのインド:山形豪・自然写真撮影紀
インドといえば文化や宗教に根ざしたものをイメージするひとが多いかもしれないが、亜大陸でもあるかの地は自然の宝庫でもある。自然にもぜひ目を向けて欲しい。
普段私は南部アフリカをメインのフィールドにしているわけだが、チャンスがあれば他地域でも撮影を行う。特に最近では縁あってインドを頻繁に訪れている。
インドというと、タージマハールや数々の仏教遺跡群、川で沐浴をするヒンドゥー教信者たちなど、文化や宗教に根ざしたものを連想する人が多いのではないかと思う。自然写真を撮るためにインドを訪れるという概念は、日本人にはあまり馴染みが無いようだ。しかしインドという国、実は自然写真家にとっても魅力的な国なのだ。
そもそもインドはひとつの国であると同時に「亜大陸」である。つまりとてつもなくデカいのだ。日本の約9倍に当たる329万平方キロメートルの国土面積を持ち、端から端までの距離は東西、南北、ともに約3000キロメートルもある。世界の屋根とも言われるヒマラヤ山脈や、ガンジス、インダスといった大河が流れるヒンドスタン平野、乾燥した大地が広がるデカン高原など、バラエティーに富んだ自然環境が存在するため生物多様性も高い。例えば、インドで確認されている哺乳類は350種を数え、これは全世界の哺乳類の7.6%に相当する。鳥類にいたっては約1300種(世界の12.6%)という驚異的な数を誇っているのだ。
インドの自然を象徴する存在、それは何と言ってもベンガルトラだろう。ジャングルに生きるトラの美しさは本当に格別だし、彼らの威厳と力に満ちた姿は見ていてほれぼれする。そんな素晴らしい被写体に始めて出会ったのは2008年、インド中部に位置するマディヤ・プラデシュ州のカーナ国立公園でのことだった。
以来、私は何度かインドへ行き、写真を撮り続けている。マディヤ・プラデシュ州にはカーナ以外にもバンダヴガルやペンチといった、ベンガルトラの生息地として有名な国立公園がそろっており、世界中から観光客や写真家を引き付けているのだ。
インドでもアフリカ同様、保護区内での撮影はもっぱら車から行う。また、ゾウの背中に乗ってジャングルに分け入り、間近からトラを観察・撮影するという、いかにもインドらしい方法もある。これだと行動範囲が道に限定されないため、車よりもずっとトラに接近できる。200ミリ程度のレンズでも十分なアップが撮れるくらいだ。ただし、どうしても相手を見下ろす感じになってしまうという難点もあるにはある。いずれにしてもあのような美しい動物に出会えるというのはそれだけで幸せというものだ。
しかし喜んでばかりもいられないのが昨今の状況である。野生のトラは現在絶滅の危機に瀕しているのだ。世界自然保護基金(WWF)によると、最も個体数の多いインドですら1400頭前後が生存しているに過ぎないという。しかも密猟が後を絶たないため、その数はどんどん減っている。
悪趣味な金持ちが毛皮を床に敷きたがったり、中国でリューマチや関節炎を治療する漢方薬として骨が利用されるためだ。このような需要に、インド農村地帯の貧困という問題が追い討ちをかけている。保護政策がとられていないわけではないが、なかなか効果は上がっていないのが現状だ。発展途上国であるインドには、自然保護につぎ込む潤沢な資金などまだ無いのだ。
従って、より多くの外国人がベンガルトラを見にインドへ行き、外貨を落としていくことの意義は非常に大きい。野生のトラがこれからも存在し続けるためには、今以上にトラの観光資源としての価値が上がらなければならないと私は考える。それだけに、毎年インドを訪れる何万人もの日本人旅行者が、文化だけでなく自然にも目を向けてくれればと願う次第である。
著者プロフィール
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の新著として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが出版されました。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
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