アフリカで超ローアングルから野生動物を撮る:山形豪・自然写真撮影紀
ボツワナ、マシャトゥ動物保護区に今年オープンした施設では、普通のサファリでは絶対不可能な超ローアングルから動物たちを撮れるようになった。今回はこの野生動物写真家垂涎(すいぜん)のスポットについて。
野生動物を撮影する場合、好ましいとされるのは自分が相手と同じ目線か、それよりも低い位置にいることだ。これによってある種の臨場感が写真に生まれる。ならば、自分の目線が最も低い位置、つまり地面と同じ高さにあったなら、面白い写真が撮れるのではないだろうか? 間近にいるアフリカゾウを、地面の高さから見上げて撮ったらどう見えるだろうか? アフリカで野生動物を撮っている人間は大抵そんなことを考える。
しかし、ゾウの目の前で地面に寝転がったら踏んづけられて大怪我をするのがオチだ。実際それをやって九死に一生を得た写真家がいるし、最悪の場合、命を落とすことになる。故にほとんどの人間は安全だが目線の高くなりがちな車からの撮影で我慢しているか、リモートカメラを用いているのだ。
しかし、望み通りの写真を撮る環境がないなら、そういう場所を自分で作ってしまえばよいのだと考える人々がいる。南アフリカ人の動物写真家で、私の10年来の友人であるシェム・コンピオン(Shem Compion)もそんなひとりだ。彼はシーフォー・イメージズ・アンド・サファリズ(C4 Images and Safaris)という動物写真専門のサファリ会社を経営しており、自社のツアーでよく利用するボツワナのマシャトゥ動物保護区にエレファント・ハイドと名付けられたローアングル撮影専用の小屋を建設したのだ。
今年完成したばかりのこの施設は、貨物コンテナを地中に埋め込み、撮影用の窓を地表と同じ位置に設けた至ってシンプルな構造だが、これが効果絶大なのだ。周囲の景観に溶け込むように上手くカムフラージュされており、遠くからだとそれとは気付かないのだが、近付いてみると人工建造物であることが分かる。
そのてっぺんに入り口があり、ハシゴを伝って中に降りると、内部には10人程度が入れるスペースがある。片側の壁には細長く切った“窓”があり、そのすぐ外は水場だ。窓際に座ると目線は地面とほぼ同じ高さで、このポジションから水を飲みにやってくる動物たちを観察、撮影できるという寸法だ。
被写体までの距離が相当短いので、大型動物であれば望遠レンズなしでも大きく写せるし、アフリカゾウに至っては、正に超ローアングルから広角レンズであおって撮れる。しかも動物写真家が考案しただけあって、ビーンバッグを置いたりクランプ付きの雲台を据え付けるためのテーブルも設置されているので、撮影環境は最高だ。当然ながら安全面にも配慮がなされており、この施設を訪れる際はシーフォー・イメージズ・アンド・サファリズのガイドが必ず同行する。
エレファント・ハイドのもうひとつの魅力は、やかましい車で走り回って被写体を探すのではなく、相手がやってきてくれるのを静かに待ち構えていられる点だ。鳥の鳴き声や動物たちがたてる物音に耳を傾けていると、期待がどんどん膨らんでゆく。もちろん、何も現れない可能性だってあるが、だからこそ遠くの薮の中からアフリカゾウの群れが現れた時のドキドキ感や、我々人間の存在を全く意に介さず、思い思いに水を飲む彼らの姿を目の当たりにした時の感動は強烈だ。
私がこの施設を利用したのは7月27日の朝だったが、この時やってきたゾウの群れの中には好奇心旺盛な子どもがおり、手を伸ばせば触れそうなくらいの距離まで近付いてきた。ゾウのほかにもインパラやグレータークドゥーといった草食獣、チャクマヒヒ、多くの鳥類など、さまざまな生き物たちが入れ替わり立ち替わりやってきて実に忙しかった。
今月に入ってついにヒョウも姿を現したとの報告が入った。今後はリカオンやライオンなどもやってくるだろうと予想されており、エレファント・ハイドはますます人気が出てくるに違いない。
著者プロフィール
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の著作として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが好評発売中です。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
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