雨の鳥海山で風景写真に挑戦:山形豪・自然写真撮影紀
日本で自然写真を撮ることは少ないのだが、縁あって鳥海山の周辺で撮影をする機会があった。当初は麓で撮影するつもりだったが、登ってみたくなり、鳥海山の山頂を目指してみた。
以前にも日本で自然写真を撮ることは少ないと書いたが、この度縁あって秋田県と山形県にまたがる鳥海山とその麓で撮影する機会を得た。国内の地理や撮影地情報に疎い私ではあるが、「鳥海山」の名は以前から知っていた。なぜなら、好きでよく読む藤沢周平の時代小説の多くが、海坂藩(うなさかはん)という庄内地方の架空の小藩を舞台としており、この山が度々登場するのだ。山田洋次監督の手で映画化された「たそがれ清兵衛」もその1つだ。映画では、緑の水田が広がる庄内平野とそこを流れる川、そして彼方に立つ雪に覆われた鳥海山が非常に印象的だった。そんなわけで、実際にこの目で鳥海山を見られるのは嬉しい出来事だった。
秋田に到着したのは7月15日早朝。東京から夜行バスで向かい、現地では正味3日を過ごした。当初鳥海山に登る予定はなく、麓にある滝や森などの撮影が主な目的だったのだが、展望台から鳥海山を眺めた時、登ってみたいという欲求が抑えきれなくなった。しかもルートガイドを見ると、5合目の鉾立(ほこだて)駐車場からスタートする象潟口(きさかたぐち)コースは往復所要時間8時間と書いてあった。つまり半日あれば頂上まで行って帰ってこれる距離だったのだ。鳥海山の標高は2236メートルと決して高くないので、経験上高山病の心配もない上、傾斜も比較的なだらかで、カメラを肩から下げて写真を撮りながらでも登山はできると思われた。
翌日の7月16日、早朝に鳥海山麓の元滝(もとだき)伏流水で岩間から流れ出る水やその周りの風景を撮影し、午前10時半に鉾立からスタートした。天気はどんよりとした曇りで、午後からは雨の予報だった。携行機材は「D800」にAF-S 24-70mm f2.8、「D4」にAF-S VR 80-400mm f4.5-5.6という組み合わせにした。よく整備された登山道を2時間ほど登ると、鳥海湖というカルデラ湖があり、その辺りからニッコウキスゲなどの美しい花を咲かせる高山植物が多く見受けられるようになった。俄然撮影に熱が入ったのだが、そのタイミングで雨が降り始め、条件はみるみる悪化していった。ただでさえ膝をついたりしゃがんだりしなければ、地面に咲く小さな花のアップは撮れないのだが、雨具を着用し、カメラにレインカバーを取り付けた状態でファインダーをのぞき、シャッターを切るのはあまり容易ではなかった。
そもそもレインカバーというやつは、どんなに値の張るものでも、三脚や一脚に乗せたカメラで使うことを前提としており、手持ちでのカメラやレンズの操作が非常にやりづらい。さらに雨天の撮影で問題になるのはレンズに付着した水滴だ。レンズ保護フィルターに撥水コーティングを施してあるものを選んでも、雨粒が大きいとあまり効果は期待できない。そこで、なるべくカメラを下に向けて持ち歩き、撮りたい花や景色が見つかったらまずフィルターに付いた水滴をぬぐい、サッとシャッターを切る必要が生じた。雨天の撮影は中々手間がかかる。
頂上付近の山小屋にたどり着いたころには、気象条件はますます酷くなっていた。しかも山小屋から頂上までは急峻ながれ場となり、流石にカメラを肩から下げた状態での登山は無理だったので、途中から機材をリュックの中にしまい込んだ。頂上付近の稜線に到達するなり、かなりの風雨が横どころか斜め下から吹き付けてくるようになり、視界も急激に低下した。距離的には残すところ数十メートル程度と思われたが、岩場にペンキで書いてある矢印の道標までもが見えなくなってきたので、登頂は断念した。もともと山の頂に立つことが目的ではなかったので、無用なリスクをとることに意味は感じなかった。私はポケットから全天候カメラである「COOLPIX AW110」を取り出し、記念?の自撮りをしてから下山を開始した。
雨脚は下山途中に弱まり、高度が下がるにつれ視界も回復したので、再びカメラを取り出し撮影を再開した。ヨツバシオガマの紫色をした花はとても可憐で、気分は再び高揚した。ところが、雨に濡れた登山道の岩は想像以上に滑りやすく、一度大きく尻餅をついてしまった。その過程でD800に装着していたAF-S 24-70mmが岩に激突。グシャッ!という音と共にフードが壊れてレンズ先端部から脱落した。「やっちまった!」と思いつつカメラを拾い上げると、プラスチックのフードが衝撃を吸収してくれたために、レンズとボディ自体はどうやら無事のようだった。フードには日除け以外の役割もあるのだなと、妙な感心をしてしまった。それ以後は特にトラブルもなく、午後5時には無事に鉾立に戻りこの日の登山・撮影は終了となった。
あいにくの雨模様で撮影条件は厳しかったし、登頂もできなかったが、個人的にはとても満足のいく結果となった。そしてこの雨こそが豊かな鳥海山の自然と、その麓に生きる人々の生活や文化を支えていると思えば、一時ずぶ濡れになることもさして悪くないことのように思えた。下山後、宿に向かう車の中でふと山の方を振り返ると、さっきまで雲の中だった頂上がくっきりと見えていた。
著者プロフィール
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の著作として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが好評発売中です。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
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