ジャーナリスト神尾寿×幻冬舎が電子書籍の現状と期待を語る電子書籍は元年から“熟成”へ(2/2 ページ)

» 2011年03月23日 00時00分 公開
[神尾寿,PR/ITmedia]
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本というのは音楽以上にその人の属性を表す――ベストセラーはどう変わる?

田中宏昌氏  ITmedia eBook USERを立ち上げた田中宏昌氏

神尾 電子書籍の価格について少し話したいと思うのですが、わたしが先日行ったグループインタビューで面白い声がありました。「電子書籍は紙よりも安くなきゃダメ」だと。なぜかと聞くと、電子書籍は「リスクの差し引き分」を考慮する必要があるというのです。

 読者からすると、電子書籍は中身が見えないので、買って面白くなかったときには無駄金になってしまう。紙の本は手にとって、場合によっては立ち読みを少しして精査した上で買うため、「欲しい本」かどうか厳選できる。それなら1000円くらいの価格も納得できるけれど、電子版は中身が見られなかったり、見られても部分的でしかないので、紙の書籍と同じ価格では納得できない、というわけです。

田中 そうですね。GALAPAGOSでは試読機能もありますが、もっと分かりやすくする必要はあるかもしれません。映画のトレーラーのようにちゃんと編集されたものを試読のコンテンツとして提供するなどの施策は有効ですね。

神尾 コンテンツに対する安心感が違いますよね。今のままだと、電子書籍は「みんなが面白いといってるから、少なくとも損はしないだろう」というものしか売れない。安全パイのベストセラーばかりが売れるという構造になるでしょう。どうやって商品の中身を知ってもらうかが重要なわけです。電子書籍で「ベストセラー以外」をどう売っていくか。これは今後の課題といえるかもしれません。この部分ではSNSとの連携なども注目です。

設楽 電子書籍ストアの場合、「真ん中」がないのです。ベストセラーとして売れ続けるか、まったく売れないか。その落差が激しい。今後、電子書籍市場のパイを広げるためには、「多くの人はあまり評価していないけど、俺はいいと思ったよ」というようなつながり方が重要になるでしょうね。

神尾 本来的にユーザーが求めてるのは、自分の価値観に近い人間が受け入れたコンテンツを選別したいわけですよね。だから類似属性の中で、キュレーションされたものが欲しいわけです。それをアルゴリズムで導くのか、ソーシャルな仕組みを利用するのかといったアプローチの違いはあるでしょうが、この辺りがもう少しスマートになればと思います。

設楽 プライバシーなどの観点からデータの取り扱いは慎重になる必要がありますが、そうした顧客属性をどう分析し、役立てていくかは出版社の今後の課題ですね。本というのは音楽以上にその人の属性を表していると思います。どのページまで読まれたかなど、デジタルならではのデータも活用することで、さらに面白い仕組みができるのではないかと思います。

神尾 ところで、電子書籍というと映像や音声を組み込んだマルチメディア型のコンテンツをイメージする人もいますが、実際のところ、こういった「マルチメディアブック」というのは定着するのでしょうか。

設楽 すごく難しいところだと思います。昨年はさまざまな電子書籍の形を模索するため、いろいろ変わり種が出てきたわけですが、売るために派手にしてるようなリッチコンテンツというのが多かった、という印象を持っています。

 ただ、映像や音声は電子書籍に不必要だと考えているわけではありません。実際、しっかりと作り込まれたものであれば没入感も大きく違いますし。そこは出版社の手腕が問われるところだと考えています。マルチメディア化するなら、やはりそれを前提にして作品を作っていくべきですよね。今後はそうした作家も登場するのではないかと思います。

ストアは個性を、コンテンツは継続性を――未来への提言

シャープ製Androidスマートフォンから利用できるアプリ「GALAPAGOS App for Smartphone」もリリースされ、ユーザー層の拡大も期待される

神尾 今後、ハードウェアとしてのGALAPAGOSと、プラットフォームとしてのTSUTAYA GALAPAGOSに対して、どのような期待を持っていますか。

設楽 デバイスとしては、電子書籍市場がいままさに拡大している中で、GALAPAGOSがはじめての電子書籍端末だという人は多いと思うのです。ですから、そのユーザーをがっかりさせてはいけない。GALAPAGOSをさらに使いやすくして、ユーザー体験のレベルを高くしていただければと考えています。

 一方、プラットフォームとしてのTSUTAYA GALAPAGOSについては、サービス面での使い勝手を今後も高めていただき、かつ、さまざまなデバイスに対応して、多くのユーザーに使ってもらえるサービスを目指してもらいたいと思います。

 また、各電子書籍ストアは個性をもっと出していってもいいんじゃないかという気はします。TSUTAYA GALAPAGOSからベストセラーができて、それがほかの電子書籍ストアにも広がっていく。そういうのを期待したいですね。

田中 わたしは「コンテンツ保証」に期待したいですね。例えば幻冬舎の本を買えば、この電子書籍は10年間は保証しますといった取り組みをしていただきたいのです。本は物理的に損耗しなければ10年たっても読めますが、デジタルだと端末やフォーマットが変わったら読めないのではないかという不安がある。それを払しょくしてほしいのです。

神尾 コンテンツの継続性ですね。確かに、電子書籍という見えないものだからこそ、ちゃんと「残る」ということが大切かもしれません。

 最後に、2011年は電子書籍市場にとって、どのような年になると思いますか。

設楽 引き続き、電子書籍は「いいきっかけ」にしたいと思います。可処分時間がインターネットやゲーム、音楽に取られている中で、「本を読もうか」という気持ちにさせる最後のチャンスのような気がしています。

田中 電子書籍は歴史が古く、過去には失敗もあったと思いますが、今の流れは「電子書籍が本格的に普及する」という手ごたえを感じています。そういう歴史の瞬間に立ち会えているというのが、メディアとしてうれしいところです。電子書籍市場が立ち上がる動きを、大事に育てていきたいですね。


 誤解を恐れずにいえば、出版業界にとって電子書籍ビジネスは「傍流」だった。一部のジャンルでは電子書籍市場の可能性が注目されてはいたものの、出版ビジネス全体から見ればその規模は取るに足りず、多くの出版社が片手間に“とりあえずやってみる”といった状況だったのだ。

 しかし、今は違う。

 今回の設楽氏・田中氏との対談で見えてきたのは、電子書籍が出版ビジネスの来るべき新しい形として、多くの業界関係者に注目され始めてきている、ということだ。そこには出版市場の縮小という負の要因もありはするが、根底にあるのは、新たな読者スタイルとビジネスを生みだすことへの「希望」である。出版業界・出版市場の傍流ではなく、新たな本流として期待されているのだ。

 電子書籍市場は2011年、いよいよ本格化していく。GALAPAGOSとシャープは、その大きなうねりの中で、引き続き注目の存在であるだろう。今後の取り組みに期待したい。

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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia eBook USER 編集部/掲載内容有効期限:2011年4月19日