「スキャン代行」はなぜいけない?:福井健策弁護士ロングインタビュー(3/3 ページ)
書籍のスキャンを代行する業者に対して、7人の作家が原告となって差し止め請求を行ったことにさまざまなコメントが飛び交っている。果たして、今回の告訴はユーザーの事情や感情を無視し、さらには電子書籍の普及に背を向けるものなのか? 福井健策弁護士に行ったインタビューから、問題の本質をあぶり出してみよう。
本の未来――転々流通を受け入れるか?
福井 さて、どうあるべきか?
わたしはいまお話しした、権利者への適正対価の還元の仕組みをともなうことが必要になるだろうと思います。しかし、それを法律を変えて一律でやろうとすると障害もあります。
それと似た「適正対価のしくみ」は、著作権法のほかの箇所に規定があるのですが、これまで額が「適正」だった例が少ないという理由で、権利者側はあまり喜ばないんですね。現実には少ない対価で落ち着くことが多くて、むしろ送金手数料の方が高くなってしまってほとんど還元されない、絵に描いた餅であると。
そうすると、法律の中にこうした仕組みを一律で取り入れる改正は、うまく進まないかもしれない。
―― 法律が現状に即していないのに、改正は簡単にいかない。
福井 となると、もう1つの道は、許諾の確認できない作品のスキャンはいったん停めて、現行法の下での包括契約をもっとがんばろうという方向です。日本複写権センターや、出版社著作権管理機構(JCOPY)、あるいはその他の事業者が、いまのところ対応していないスキャンや企業内のサーバへのアップもその対象としたり、扱える作品をもっと集めてきて、ワンストップショッピングができます、とうたえるようにするのです。
ISBNなどを基にデータベースと付き合わせて、包括契約を結んでいる著作物のスキャン代行を一度に申し込めるようにします。
―― Googleブックサーチの登場とともに生まれた「版権レジストリ」にも近いのでしょうか。
福井 そうなりますね。それには、その団体で扱える本が増えるように努力する必要がありますし、権利者側が「損はしていない」と納得できる使用料を還元しようと思えば、今のように100円程度でスキャン代行を請け負うのは、難しくなるでしょう。
例えば、1冊のスキャン代行の料金は300円になり、うち100円は代行業者が受け取り、残りの200円は権利者に還元する、というように、権利者への還元分が代行価格に上乗せされることになるでしょう。還元する金額は、スキャン代行が大幅に広がった場合に想定される作家などの逸失利益相当額、ということになるでしょうか。
―― そういった動きが具体化する見込みはあるのでしょうか?
福井 総務省・文部科学省・経済産業省ならびに関連事業者による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する三者懇談会」の提言には、「書籍版JASRAC」という言葉は入りましたので、その方向が目指されている、といったところです。
―― そうすると、出版物の再販制度が機能しなくなりますね。
福井 ネット化の中で再販制度との蜜月はすでに一部崩れつつありますが、デジタル流通の価格流動化が進む可能性はあります。
―― お話を伺っていてフェアユースとも関連してくるように感じられました。
福井 日本版フェアユースについては賛否両論ありますが、私自身は導入されるべきだと考えています。否定派の方は悪影響を心配されますが、それは大半、フェアユース規定がなくても起こっている事柄なんですね。むしろ好影響、つまり表現や報道に対する不必要な萎縮に歯止めをかけることができるといったメリットが上回ると思います。ただし、賛否両論があるので、影響を確かめつつ進める必要はあるでしょう。
フェアユース反対派には、「フェアユースを認めれば、現在は違法性が高いスキャン代行サービスにお墨付きを与えることになるじゃないか」と主張する人もいそうです。
とはいえ、今現在すでにそれは起こっていて、やろうと思う人はフェアユースの有無に関係なくやってしまう、という現実がある。フェアユースといっても無制限に認めるわけでなく、一定の要件を満たさなければならないものなので、新しいサービスなどについて人々が『考える』指針を与えることになるでしょう。いずれにしてもスキャン代行がフェアユースの議論にも影響を与えることは、間違いないと思います。
―― 逆に、裁断済み書籍の転売の方を禁じる動きはないのですか?
福井 スキャン代行は認める代わりに、裁断本の転売を禁ずる法制度も、ひとつの選択肢ではあります。
あるいは、転々流通は自由にしておいて、そこから権利者が利益還元を受けられるように制度を整えることも考えられる。いずれにしても、どの制度でより情報流通が促進され、権利者への還元がより豊かになるか、つまり創作の意欲が喚起されるかの判断が必要になるでしょう。
例えば海外には、美術品における「追求権」という、転売されるごとに著作権者に利益が還元されるような仕組みがありますが、そういう形の方がいいかどうか。
―― 出版社は、パッケージとしての書籍のファーストセールを最大にしたいところですが、著者の立場だと、著者に入る印税が最大になる方がいいということになり、そこには利害相反があります。
福井 私の顧問先には出版社も多いのですが、これまでは、出版社はディストリビューター(流通事業者)としてそのコントロールで収益を最大化することができた。けれどもフラット化する情報社会の中で、その主導権が次第にユーザーに移ってきています。突き詰めると、流通態様のコントロールを握るのか、それとも手放すことでかえって収益を高められるのか? 「自炊」という行為を通じて、その点も問われていると思いますね。いろいろな実験も必要だし、そこは当事者同士の腹を割った話し合いも必要になります。
いかがだろうか? 2011年1月に福井氏から提示された問題点が、既に現実になり、警告を経た今回の告訴の背景には、単にスキャン代行を超えた問題が含まれている。
作家が「作品が収められた本を大切に思う」のは、とても自然な感情の動きだ。作家のその純粋な思いから発せられた言葉に、私たちが直情的に反応することは、電子書籍の未来を考える際、お互いにとって建設的ではないとは言えないだろうか?
筆者自身、自炊を日常的に行っており、この手間を誰かが肩代わりしてくれたり、あるいは汎用性の高い電子書籍がはじめから用意されていれば、と思うことも事実だが、福井弁護士へのインタビューを改めて読み返すと、その先にある困難や危険に思いを巡らさずには居られない。スキャン代行の違法性とリスクは十二分に理解できたところで、電子書籍プラットフォームの充実を急いでほしいと切に願いたい。
なお、本書には「自炊代行」という言葉がたびたび登場するが、自炊のプロセスのうち本を裁断することは法的になんら問題がないこと、また先日の記者会見でも指摘されたように、自炊=自分で書籍のスキャンを行う行為、を「代行」できるのかという点を考慮し、本記事では「スキャン代行」という用語に統一した。悪しからずご了承いただきたい。
著者紹介:まつもとあつし
ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」、ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』(アスキー新書)など。
取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto。
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