隣接権議論は“出版”をどう変えるか――福井弁護士に聞く(後編)(4/4 ページ)
時代に合った著作権とは何か。現在進められている著作権法の改正議論について、その全体像をつかむ本特集。知財に詳しい福井健策弁護士に話を聞いたインタビューの後編では、現在の課題をさらに深く考える。
新人をどう守り、流通をどう促進するか?
―― 隣接権に反対する意見の中には、そのバーゲニングパワーが弱い新人作家の活動を阻害するという意見もありましたが。
福井 それは隣接権に限った議論ではないですよね。先ほど述べたように、交渉力の弱い作り手をサポートする仕組みは絶対的に必要です。
とはいえ、われわれが政府の介入によってではなく、自由な市場で生きていこうと思えば思うほど、契約条件は各人で異なるという冷厳な事実を認めないわけにもいかない。
さまざまな仕組みや情報を駆使しつつ、このリアルを生き抜く。僕も皆さんも、そうしてきたはずです。
―― 確認なのですが、先生は海賊版対策などのための隣接権付与と、有期の独占ライセンス契約に訴権を与えることどちらを支持されますか? それとも両論併記という形をイメージされていますか?
福井 ミニマムベーシックと個別の対応の2本立てならいいのかな。一律で与えられる隣接権は、一律であるが故にミニマムな内容にならざるを得ないでしょうし、逆に版面の海賊版対策程度の権利なら一律で長期でもいいんじゃないかと思う。
仰っていたような、それがなし崩しに拡大される「危険」に対しては、ジャーナリズムが頑張ってください! これは本当に大切になりますよ。
―― 仰る通りですね。ただ、もしかすると隣接権という名前が拡大解釈の危険を感じさせますから、別の名前にしてもよいのかもしれませんね。経済産業省の境真良さんも「言葉の魔力」を指摘されていたことを思い出します。
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福井 じゃあもうベタに「海賊版訴権」(笑)。
いずれにせよ、それはあくまでもミニマムであり、本丸は出版契約ですね。その契約を補完するものとして法改正によって「出版権の定義」を拡大するというのは有ってよいと思います。
いままでは出版権を設定するよといっても紙しか入っていなかったわけですが、そこに標準で電子書籍も含めるようにする。出版権の内容を現代的に書き換えるということですね。もちろん、あくまで契約を補完するものですから、合意がなければそれは生まれない。
―― 出版デジタル機構(パブリッジ)が生まれ、書籍版JASRACのような集中管理団体の必要性も語られるようになった中、電子出版できる権利を出版社が持たない限りは、例えば機構が目標とする「電子書籍を5年以内100万タイトル」というところまで到達するのは難しいと思います。
福井 現在想定されているような隣接権だけでは、難しいでしょうね。私は出版デジタル機構については期待をしています。なぜなら、あのくらいの規模感でないと、とても電子書籍の普及は無理だと思うからです。加えて、公正さとオープンさは成功の鍵でしょう。
財政が厳しい中、機構に官民ファンドが150億円を投じることに対してはもちろん議論はあるでしょう。ただ、道路などハードの公共事業に例年使われる数兆円の予算に比べれば、日本の文化予算はごく控えめです。本当に活用され人々の情報アクセスが豊かになるなら、その価値はあると思う。これに国会図書館での126億円をかけたデジタル化プロジェクトをあわせると、コンテンツのデジタル化に約1000億円を投じるフランス・サルコジ政権(注:当時)と比べても、そう見劣りしない。公費を使う以上、国会図書館とはお互いに選択肢を排除することなく、協働関係を含めて模索すべきでしょう。
それに対して隣接権は、まぁ直接的には役に立ちません。なぜなら出版社の一存でデジタル化をしてよいとはどこにも書いていないから。そうすると、パブリッジが一気に進むためには、出版契約を頑張って広げていくこと。もう1つの選択としては、ちょうど国会図書館のデジタル化についてだけ著作権法を改正してOKにしたような、目的を限定した著作権法改正があってもよいのかもしれません。
―― パブリッジから各電子書店に書籍が卸された後に出版契約が切れてしまった場合、どうするか、という問題もありますね。
福井 そうなんですよ。出版契約でどんなに頑張るといっても未来永劫みたいな話にはいきませんから。音楽著作権の世界では音楽出版社との契約は短くて10年、長いものは著作権保護期間に渉ります。それくらいの長さがないと集中管理はしづらい。でも、それは作家がうんと言わないでしょう。
ですから、書籍版JASRACを作るなら作家の意向を反映する追加の仕組みが必要でしょう。Google Booksが和解案でやろうとしたことですね。
そういう枠組みができてくると、先日の「スキャン代行」のように――あれが無許可のまま無軌道に拡大することは危険だ、という話をした訳ですが――ユーザーの書籍スキャンのニーズに応えていく回答にもなるはずです。パブリッジはそこに向けての試みであると思いますし、そうあるべきですね。
著者紹介:まつもとあつし
ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」、ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。
取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto。
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