出版デジタル機構とパブリッジが目指すもの(4/4 ページ)
出版デジタル機構――出版物の電子化支援を掲げこの4月に設立された同組織は、日本の電子書籍市場に欠けていた最後のピースなのだろうか。彼らが何を目指しているのか、あるいは胸にはどんな思いを秘めているのか、その輪郭を掴むべく、今回直接経営陣に話を聞いた。
検索が生む電子書籍のビジネスモデル
―― あともう1件だけ、e読書.jpについて。世間的には一体何をされようとしているのか、ちょっと分かりにくいところがあります。
沢辺 まだ試行錯誤の段階だけど、簡単にいうと、ある本を読みたいときに、それは電子書籍になってるの? 僕の持ってる端末で読めるの? って思ったときに、読者がそれを判断して、電子書籍の有無や中身をちゃんと見て、電子書店を選択して、ダウンロードして読めるっていう、その道筋が――。
―― 今はバラバラですね。
沢辺 そこが電子書籍が抱える弱点の1つだと思っているんで。それを解決したいなと。例えば電子書籍は存在するのに、その底本となったISBNが不明なタイトルがいっぱいあったりする。データ整備から始めなきゃいけないという部分もあるけれど、目標はそういうことです。
―― UI的あるいは内部の技術的には、国立情報学研究所(NII)によって、かなり立派なものができている。ところが、今おっしゃったような。肝心の本とデータの紐付けというところが、まだ整備しないといけない。そこがまさに、今、パブリッジで進行中の作業とも連動する、ということになりますね。
例えば検索だと、Google同様、検索結果画面が重要かと思います。そこに書店がたくさん並ぶことになるわけですね。その順番や表示方法など考えておられることはありますか?
野副 書店が並ぶとは限んないんじゃない? いろいろな方法があると思うよ、それは。
沢辺 僕たちの発想は、それを決めないと、ああいうことはできないというんじゃなくて、まずやることから始まって、1個1個、目の前に表面化した課題は今野副さんが言ったように、書店に限んないじゃないっていう。それも1つの――。
野副 答えだね。
沢辺 答えだし。そういうものを必ず見つけ出すぞっていうことに基づいて、まず1歩を踏み出す。行動が答え。e読書.jpは僕らにとっても1つの象徴なんです。
野副 それも結局のところ読者なんですよ。読者が何を望んでいるのかをわれわれが想像力豊かに考えて、彼等が行動するだろうってことを一緒になって、作っていけたら、これは読者にとってメリットになる。そうすると、自分の探している本とか、自分の考えていることに近づくことができる。ほかの部分では、インターネットを通じてそういった情報をみんな手軽につかんでるわけじゃない。実際に、色々な形で。読書というか、出版の業界でも同じことができるようにしたいよね。
―― 手許に書籍そのもののデータもある。書誌データもある。検索エンジンもある。ということは、マーケットに至る導線を握ることになります。ビジネスリテラシーがある人なら、これは結構なビジネスになるということは分かるわけですよね。それらをどう組み立てて、事業化していくか、という話に踏み込んだ感じがしないのですが。
野副 最初から言ってるように、本の数が有って、初めて意味が有る話だからですよ。本がないのにそれをいくら言ったところで詮無いでしょ。やっと本を電子化しようというところに来たんだから、まずそれをファーストステップとしてやりましょうと。それをやるにしても、沢辺さんが言うように、毎日毎日、こうやって足かいていかないと、前に進まない難しさがあるわけです。
―― 特にライバルになりそうな動きはないという理解でよろしいですか。
野副 いやいや、ライバルというよりも、本当に業界がそれで大きくできるかとか、読者が本当にそういうものを望むかとかっていうことが、ね。読者の期待値とのギャップが大きすぎたらそれは失望に変わっちゃうから。読者の期待感に本当に合ってるだけのものを、われわれが本当に作れるかが、一番のチャレンジだと思いますよ。
物事を理想に近づける作業
eBook USER西尾 野副さんはビジネスのスペシャリストとして、さまざまな経験をされていると思いますが、その経験から、出版デジタル機構にとって一番のリスクがあるとすれば、何を挙げますか?
野副 リスクじゃないけど、この事業はものすごく時間が掛かる。読者というかユーザーは音楽や映画、ゲームといったように、コンテンツをどう楽しむかをよく知っている。期待値がある程度高いわけだ。そこにミートしていくだけの力をわれわれが早く持たないと、なかなかビジネスを大きくできない。
ただ本は、1冊1冊――たとえフィックスにしても――電子化するのって、はっきり言えば、重労働。時間も人手も掛かるから、それとの戦いじゃないかな。
ある程度の数ができてくれば、今度はマーケティングをどうするか。読者に一番楽しめるように、どういう仕組みを作ってあげるかというようなことで、先ほどまつもとさんがおっしゃったような検索の仕方とかがすごく生きてくる、楽しい時代になってくるんだけど、そこに行くまでは、ただひたすら、アヒルが足をかいてくってやつだよね。
西尾 将来的にはパブリッジと交渉すればストアビジネスのようなものを誰もができる環境ができてくるものなんでしょうか。
沢辺 もちろんあらゆるところで本を売ってもらうことにしようとしているわけだから、将来的にはそうしたこともできるでしょう。作業の優先順位などもあるだろうけど。
野副 出版社の意向を飛び越えてはできないけどね。でも、そうなるのなら、自分達のアイデンティティーみたいなのをうまく出せるところがいいよね。それは扱う本のジャンルかもしれないし、ユーザーのカテゴライズかもしれない。専用のビューワで徹底的にユーザビリティにごだわるとかいうのもあるでしょう。それは千差万別だけど、自分達の軸が何かというのがすごく大事になってくるかもしれない。
沢辺 ただ、今の日本の社会の中で、それをどう作るのか、そこに向かう道程をどう組み立てていくのかということを抜きに、従来ネット世論は、「それは出版社が悪い」って言って押しつけてきた気がするな。やっぱりそれには準備や合意形成がないと。僕たちはそれをやってきたし、やっているつもりなの。
野副 一足飛びに理想的な電子書籍環境を100%提供できるわけではないからね。
沢辺 それは大手とか零細が角突き合わせてみたいなんじゃなくて、本の世界を豊かにするっていう一点で、冷静に話ができる環境を作ろうと。それは零細が大手を突っついててもだめで、自分たちの課題を自分たちで解決するっていうところから出発しないと相手だって認めてくれない。そういうことをやってきた奴らなんだから、ちゃんと話してやろうかというようにするところから始めてきたんで僕は。それこそが大切だと思ってる。
野副 それ、ビッグポイントだね。
沢辺 今、まさに今度機構でやろうとしていることは、まさにそこだと思うんですよ。
―― なるほど。分かりました。貴重なお話とお時間を、ありがとうございました。
著者紹介:まつもとあつし
ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」、ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。
取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto。
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