手塚治虫のギリギリの“漫画作りの現場”が明かされる
マンガの神様とうたわれる手塚治虫の知られざるエピソードをまとめた『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』の続巻が刊行される。
マンガの神様とうたわれる手塚治虫さん。今なお読み継がれているたくさんの名作を残してきた彼だが、その逸話は事欠かない。
代表作の1つである『ブラック・ジャック』が連載されていた『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて、2009年から不定期で掲載された『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』が2011年に単行本化されたが、その中から手塚さんのマンガにかける想いが分かるエピソードを1つ紹介したい。
この『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』(宮崎克/原著、吉本浩二/イラスト、秋田書店)は事実に基づいて構成されたフィクションで、昨年発売された宝島社発行のムック本『このマンガがすごい!』2012年版のオトコ編で1位を獲得している(なお、今年の『このマンガがすごい!』2013年版は12月10日発売だ)。手塚さんが生前、いかに漫画に対して情熱を傾けていたか、その一端を感じ取ることができるはずだ。
手塚さんは、口の悪い編集者から「ウソ虫」「遅虫」とあだ名されていたという。その理由は、原稿を上げるのが遅いから。早めにあげるといっておきながら結局遅れてしまう。まさに編集者泣かせである。しかし、それにはれっきとした理由があった。
1980年、手塚さんは米国・サンディエゴで開催された「コミック・コンベンション」に出席するために米国に旅立つ。しかし、その帰国日がちょうど「ブラック・ジャック」の読み切りの校了日であった。「もちろん前倒し上げていきます」といっていた手塚さんだったが、結局ネームすらもらえず米国へ行ってしまう。
証言によれば、当時の手塚さんは原稿さんを旅先から空輸することもあったらしいが、このときは予定の便の日になっても原稿のペン入れは終わらなかったのだ。
しかし、それでもマンガを描くことを止めようとしなかった手塚さんは、日本にいるアシスタントに電話し、コマ割りした紙に背景を描くよう指示を出し始める。そのとき、ちょうど米国の手塚さんが滞在している部屋まで赴き原稿を待っていた別の出版社の編集者は驚がくの光景を目にする。
何と、手塚さんは自分の仕事場のどの本棚のどの位置に何の本があり、何ページに何の資料があるか記憶しており、それを使って背景を描くように指示していたのだ。そして運命の校了日。帰国した手塚さんをつかまえた秋田書店の編集者はすぐに原稿を描くようにあらかじめ取っておいた空港ホテルの部屋に連れて行ったという。
また、実はそのとき、一緒にいたのが『デビルマン』『キューティーハニー』などの作者である永井豪さんだった。永井さんは手塚さんとはまた違ったタイプの天才だった。そして、何よりも違うのは、永井さんも手塚さんと同様、多作であるにもかかわらず締め切りを守っていたことだ。
永井さんは手塚さんのことを回想し、「遅いのは描き上げた後も考えるからじゃないか」と語る。米国で見た手塚さんの姿は、ギリギリまでもっと良くならないか、持てる時間のすべてを使って面白いマンガを描こうとする、一人のマンガ家の姿であった。そして、その姿を目の当たりにした永井さんは「僕ももっとがんばろうと改めて思った」という。
鬼気迫る手塚さんのマンガ作り。それは、面白いマンガを描こうとするがゆえの、常にギリギリの戦いであったことが分かるはずだ。
本書には、『ブラック・ジャック』の貴重な資料なども掲載されており、手塚ファン、そして『ブラック・ジャック』ファンにとってはお宝のような一冊といえる。手塚さんのマンガに対する熱い想い。それを受け取ることができるマンガである。
そして、本作の第2巻が2013年1月8日に発売予定とのこと。その前に、読み返しておきたい一冊だ。
(ラノコミどっとこむ編集部)
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