――この八尾の町では毎年9月に風の盆っていうお祭りがあってね
男も女も菅笠かぶって唄や三味線に合わせて町中で踊るんやけど
その民謡と踊りがこの町に伝わるおわらっていう伝統芸能ながよ”
アニメ化もされ、大ヒットした「坂道のアポロン」の著者、小玉ユキさんの最新作『月影ベイべ』。前作でジャズを取り扱った著者が、今回新たに題材として選んだものは、この伝統芸能“おわら踊り”であった。
伝統芸能“おわら”を守り継ぐ地方の町に、東京から転校してきた少女・蛍子。ミステリアスで美人だが、能面のような彼女は、クラスメイトの女子から“おわら”について説明を受けても、「わたしそういうの興味ないから」の一言で終わらせてしまう。
そんな中、地元の少年・光は、教室でひとり、おわら踊りを踊る蛍子の姿を目撃する。興味がないといっていたはずの蛍子の踊りは、とてもきれいで、光は彼女に興味を抱く。その一方で、蛍子の持つ鈴の音を聞き、その姿を目撃した光の伯父・円は、明らかな動揺を見せ、蛍子もまた、円の姿に複雑な表情をしていた。
この3人を中心とした物語は、おわらが持つ、9月という夏の終わりの時期設定も相まって、まだ1巻だというのに早くも切なさがあふれた内容となっている。
「あんたが来ると おじさんが変な目で見られる」
「もうこの店に来んでほしい」
そう言わんなぁ あかんがやけど
あかんがやけど”
小さいころから自分のことを息子みたいに可愛がってくれた、大好きな伯父・円。そんな円が蛍子相手に見せる、いままでに見たこともない表情に、動揺を隠せない光。しかし彼は同時に、蛍子のこともどこか気になってしまう。
おじさん
俺さっき 初めて見てしもうたわ
本当の 恋する乙女ってやつを
蛍子と円おじさんの間に、いったい何があったのか。一見すると、女子高生とおじさんという、少女漫画の世界ではよくある恋愛シチュエーションにも思えるのだが、この2人、なんだかそれだけではないような気配を漂わせている。
円くんが言わないなら私も言わない
そう決めてるの
これは私の秘密じゃなくて あなたのおじさんの秘密だから
2人の関係に加えて、光の存在が切なさに拍車をかける。複雑な3人の想いを乗せて、物語は進んでいく。
俺たち つき合っとるふりしよ
それで全部うまくいく
今日から 俺があんたの隠れみのになったるわ
蛍子のためではない、あくまで円おじさんに変なうわさが立たないように、おじさんの名誉を守るために、自分が隠れみのになるという光。「あんたにはこれっぽっちも興味ないから安心しられ」といった光自身が、後々、この行為を後悔するようになるのではないかと思えてきてならない。
変わらぬ伝統芸能を通して交流する3人の関係は、この先どのような変化をしていくのだろうか。蛍子と円おじさんの間には、果たしてどんな秘密が隠されているのだろうか。前作でも切ない恋愛模様を描いてきた小玉先生が、果たしてこの町で新たに描く人間関係はいったいどういったものなのか。
今はまだ、すべてが秘密に包まれたまま。
蛍子の鈴の音が、わたしの頭にも鳴り響いてやまない。
(評:ラノコミどっとこむ編集部/やまだ)
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