「忘れかけてしまっている大事なもの」――さだまさし作品が映画化され続ける理由
シンガーソングライター・さだまさしさんの送り出した小説が、また映画化された。決して大衆向けではない彼の作品がなぜこれほど取り上げられるのか、さださんを担当し続ける編集者に尋ねた。
『精霊流し』と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。40代以上であれば、若くして世を去ったいとこをしのんで作ったという、シンガーソングライター・さだまさしさんの曲かもしれない。
2001年、幻冬舎から発行された同名の小説はテレビドラマ化され、後に映画化された。『解夏(げげ)』『眉山(びざん)』『アントキノイノチ』……発表した彼の作品の多くはドラマ化、映画化、中にはコミカライズされたものもある。
そして4月5日、2002年発行の短編集『解夏』に収録されていた1編『サクラサク』が映画化、劇場公開される。長く愛されているとはいえ、流行歌手ではなく、もともと小説家だったわけでも、作品自体に大衆娯楽要素があるわけでもないのに、なぜ彼の作品は映像化されるのか。
2001年の『精霊流し』からさださんの担当編集者を続けており幻冬舎取締役兼専務執行役員でもある舘野晴彦氏にその理由を聞いた。
狙わずに、丁寧に描く、忘れたくない日本の情緒
―― 試写会後の座談会で、舘野さんは「ハリウッド映画のようなにぎやかなものではない」と、さださん原作の映画についておっしゃっていました。エンターテイメントとして考えると、にぎやかな作品の方が映像化しやく、分かりやすく、もうかるのではないかと思います。それなのに、なぜさださんの作品は映画化されるのでしょうか。
幻冬舎・舘野晴彦氏(以下舘野) さださんの作品には大切なものが描かれており、それをもっと多くの人に知ってほしい、そういう願いが根底にあるからではないかと考えています。
―― 大切なものですか。
舘野 作品を読んでみると分かるように、どれも日常的に起こりそうなものばかりです。しかしその中には、今のわたしたちが忘れかけてしまっている日本の情緒が丁寧に描かれているんです。
今回の作品に関連して言えば、昔は年長・年配の人を敬うのは1つの美徳と考え、年老いた自分の親のことを敬っていました。長く生きている人を大切に扱う、ということですね。
でも、核家族化が進み、年老いた両親と離れて暮らしている上に忙しい生活を送っていると、そのようなことを忘れてしまいがちですよね。『サクラサク』の中で出てきた家族もそうでした。
そういう本当は大切なこと、日本人が忘れかけている情緒のようなものを丁寧に描いているから、それを読んだ「映像の人」がその大切なことを広めたい。そして、映像化することで、自分の作品に取り込みたい、と考えるのではないでしょうか。
―― 派手なアクションで盛り上げるより、淡々としているけれど、原作にある大切なことをほかの人にも伝えていきたい、と。
舘野 そうですね。わたしもハリウッド映画は好きで観ますが、大切なことを思い出させてくれる、こういう映画も必要なんじゃないか、と思います。
わたしたちは、忙しい生活の中で日々追い込まれてしまうことがあります。そんな中では何かしらの「正解」が欲しくなるかもしれません。でも、さださんが描く物語は、必ずしも正解や回答を述べるわけではなく、今あるその状態を受け入れることを良しとする、そんな物語です。どう立ち向かい、どう受け入れるか。
現実に、いつもそううまくいくわけではありませんが、「ああ、これでいいんだ」と、それを見た人たちは安心するわけですよ。
―― 確かに、何かしらの正解が提起されるわけではなく、ラストに向かって盛り上がっていく、というわけでもありませんでしたが、見終わってから心がふっと軽くなりました。ところで、今後、さださんが、映画化を視野に入れて、映像化しやすいように作品作りをしていく、ということはあり得るでしょうか?
舘野 それはないですね。もちろん、映画化されればそれはそれで喜ばしいことですが、小説と映画は別物だというのがさださんの考えです。これからも、「何が受けるか」を考えず、書きたいものを書いていくんじゃないかと思います。
―― 映像化してほしい、と考た作品は大衆受けするような内容に偏ってしまいがちですが、狙ってできるようものではなく、伝えたいことのある、良質なものを作り続けることが大切だ、ということがよく分かりました。ありがとうございました。
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