Gartner Column:第6回 とりあえず分割を回避したマイクロソフトの次の一手は?

【国内記事】 2001.07.09

 IT業界の動向予測を生業とするガートナーも,不確定要素の多い裁判の結果の予測は行なわないポリシーになっている。それゆえ,マイクロソフトの独禁法裁判については,裁判の結果そのものについて予測することは避け,同社が分割された場合にどうなるか,および,分割されなかった場合にどうなるかという二本立てのシナリオ予測を行なってきた。しかし,どうやら,(少なくとも当面は)後者の予測が有効になりそうだ。

「分割に備えた安全策など考えたこともない」というスティーブ・バルマー氏の発言にもかかわらず,マイクロソフトは企業分割という事態に備えてきていたと思われる。

 分割に備えた安全策,それこそが.NETの持つ隠された意味なのだ。.NETフレームワークの基盤であるCLI(Common Language Infrastructure)は,Java VMに類似している。すなわち,JVMさえ移植しておけば,どのプラットフォームでも同じJavaプログラムが動作するとの同様に,CLIを移植しておけば,.NETフレームワーク向けに作成されたプログラムを任意のプラットフォームで稼働できるというプラットフォーム独立性を備えているのだ。(ところで,これにより,マイクロソフトがJavaを真似たと文句を付けたくなる方もいるかもしれないが,EJBはCOM+に,JSPはASPにかなり類似している点にも注意してほしい。つまり,マイクロソフトのミドルウェアの世界とJavaの世界は互いの良いところを模倣しながら成長してきたと考える方が適切だろう)

 もし,マイクロソフトが「Windows OS専業マイクロソフト」と「上位ソフトウェア専業マイクロソフト」に分割されていたならば,同社は,このプラットフォーム独立性をフルに活用して,Windows以外のOSに対しても.NET基盤を展開することで,収益源を最大化する戦略を採ったであろう。しかし,今や,分割の可能性が低くなった以上,今後のマイクロソフトの.NET戦略は今まで通りにWindows中心型で進められていくことになるだろう。ここで,.NETフレームワークが「プラットフォーム独立性を提供可能」であるという建前と,実際に「多くのプラットフォーム上での稼動を(真摯に)サポートする」という本音は全く別である点に注意したい。

 例えば,DCOMを例にとっても,マイクロソフトはDCOM技術を他ベンダーにライセンス供与することで,メインフレームやUNIX上でのDCOMの稼働を可能にしていた。しかし,マイクロソフトはDCOMによる異機種統合を全くと言ってよいほどサポートしてきておらず,DCOMにより任意のプラットフォーム間の連携が可能になったとはとても言えない状況である。つまり,建前で言えばDCOMはプラットフォーム独立なのだが,本音で言えば,実質的にWindowsオンリーのテクノロジと言って良い。噂されている.NET CLIのLinuxやUnix上でのサポートについても,その裏の本音については十分な注意を払うべきであろう。

 独禁法裁判はまだ終わったわけではないし,これからも新たな訴訟が起こされることも確実だが,和解も含めてある程度の解決が見られた後には,マイクロソフトは企業買収を積極的に進めていくであろう。独禁法問題解決後の初年度における買収総額は40億ドル以上に達するとガートナーは見ている。もちろん,既に同社がかなりの独占的支配力を持っている市場でこれ以上の買収を行なっても,司法当局を刺激するだけである。同社の買収は,従来のビジネス・モデルを越えた拡大を目指すために行なわれるはずだ。

 ここで注目すべきひとつの動きが2000年12月に行なった米グレート・プレインズの買収である。グレート・プレインズは,中小規模企業向けの会計アプリケーション・パッケージの開発販売を行う企業である。この買収は,日本のメディアではあまり大きく扱われることはなかったが,業務アプリケーション市場には進出しないと過去に明言していたマイクロソフトにとって大きな方向転換である。同社は,米国においてbCentralと呼ばれる中小企業向けのポータルサイトを展開しているが,このサイト(いずれは,Webサービス化されることになるだろう)向けにグレートプレインズの製品を必要としているのだと見られている。

 また,マイクロソフトがコンサルティング事業に力を入れているのも周知の通りだ。既に,同社のコンサルティング部門は,コスト回収センター(経費を回収できればよく,ソフトウェア製品の売り上げを促進できればよいビジネス)からプロフィットセンター(コンサルティング事業単独で十分な利益を上げることを目的とするビジネス)へと変貌している。サービスビジネスへのシフトは,マイクロソフトに限った話ではない。ハードにせよソフトにせよ,「もの」を売るビジネスの成長率が鈍化していく中で,「人=ノウハウ」を売るビジネスは急成長しているからだ。

 ヒューレット・パッカード(HP)がプライス・ウォーターハウス・クーパーズの買収を試みたのもひとつの例であるし,世界最大のサービス企業であるIBMですら,近い将来にビジネスコンサルティング企業を買収する可能性もあるとガートナーのIBM担当アナリストは予測している。マイクロソフトも,今後,コンサルティング部門の大幅な要員増を図ると共に,他のコンサルティング会社の買収をも辞さないであろう。

 マイクロソフトのソフトウェア専業ベンダーから逸脱する動きは,IT業界のエコシステムを大きく揺るがし,マイクロソフトとの共存共栄を享受してきたベンダーにも大きな影響を与える可能性がある。過去においてエコシステムの変革が起きた時には,新たな生態系に適合できずに消え去る企業と急速に成長する企業が存在するのが通常であった。たとえば,パソコン通信からインターネットという変革においては,コンピュサーブなどの巨人が表舞台から消え去り,パソコン通信業者としては決して最大手ではなかったAOLが急成長し,結果として世界最大のメディア企業となった。マイクロソフトを震源とするエコシステムの環境変化において,誰が急成長し,誰が衰退するのか,IT業界アナリストとしては,目が離せない状況になっている。

 次回は,延び延びになっていた主要ベンダー(IBM,HP,サン,オラクル)のWebサービス戦略について分析する予定である。

[栗原潔ガートナージャパン]