Gartner Column:第8回 P2Pに関する議論は混乱していないか?

【国内記事】 2001.07.23

 P2Pコンピューティングが現時点のIT業界における重要キーワードであることは論を待たない。しかし,P2Pに関する世間の議論には混乱が見られるような気がしてならない。この混乱は,処理形態としてのP2P(いわば物理的P2P)とアプリケーションモデルとしてのP2P(いわば論理的P2P)を区別していないことから生じているのではないだろうか。

 ガートナーは,P2Pコンピューティングを「ネットワークのエッジ部分で処理が行われるコンピューティング方式」と定義している。要するに,中央のサーバではなく,ユーザー側の機器(典型的には,デスクトップPC)上で主な処理が行われる方式ということだ。P2Pは決して新しい考え方ではない。UNIXやVMSを稼動するワークステーションがインターネットの中心であった時には,多くの分散処理(例えば,チャット)がP2P方式であった。そして,PCの余剰処理能力増加と常時接続の普及により,P2Pが再度現実的になってきたわけだ。

 ここまでの議論では,P2Pを,処理形態――どこで処理が行われるかという物理的な局面で見てきた。一方,ユーザー同士が組織の境界を越えて直接的な情報交換を行なうというアプリケーションモデルとしてP2Pを見る人もいる。これは,論理的P2Pと呼ぶべきであり,その議論は,物理的P2Pに関する議論と明確に分離した方がよいだろう。物理的P2Pの採用により論理的P2Pが実現されるが,論理的P2Pの実現は,従来のサーバ中心型コンピューティングでも可能であり,必ずしも物理的P2Pが必要とは限らないからだ。

 例えば,先に,UNIXにおけるチャットは物理的P2P(かつ論理的P2P)であると述べたが,同じチャットでも,MSNやAOLの,IMや携帯電話によるチャットは,論理的P2Pではあるが物理的P2Pとは言えない。これらは,中央のサーバに大きく依存しているからであり,ユーザー側のPCや機器は単に端末として機能しているにすぎないからだ(もし,PHSのトランシーバー機能を活用してチャットを行なえば,それは,物理的にも論理的にもP2P方式であると言えるだろう)。

 P2P方式により,企業間をまたがった情報交換を行なうことでサプライチェーンの効率化が図れるなどの議論を聞くことがあるが,この場合のP2Pは,あくまでも論理的な存在と考えるべき(どちらかと言えば,企業間コラボレーションと呼ぶべき)であり,物理的なP2Pとは切り離して考えるべきだ(各個人のデスクトップPC上で在庫情報を分散管理し,他社と共有している状況は,ビジネスの世界では決して望ましいとは言えないだろう)。

 そして,P2Pの将来に関する議論をさらにややこしくしているのが,ナプスターおよびその派生システムだ。これらのサービスが急速に普及したのは,(合法であるか否かの議論はさておき)音楽ファイルを無償で入手できる点であろう。実際にナプスターを使用してみればわかるが,(物理的)P2Pは,決して信頼性が高いコンピューティング方式ではない。転送途中に相手がPCをシャットダウンしてしまうこともあるし,尻切れの不完全なファイルを入手してしまうリスクもある(そして,その尻切れファイルが,全世界に分散していく危険もあるのだ)。はっきり言えば,ナプスターがこれだけ普及したのは,音楽ファイルを無料で入手できるという理由が最大であったと言えるだろう。ナプスター(およびその派生プログラム)の普及と物理的P2Pの技術的優位性の議論は分けて考えるべきだ。

 もちろん,物理的P2Pが有効性を発揮する分野も多い。全世界のPCの余剰能力を使用して地球外の生命探索を行なうことを目的とした「SETi@Home」や癌の治療法の研究に貢献する「Intel Philanthropic Peer-to-Peer Program」などのP2P方式によるムーブメントも存在する。ただし,あらゆる計算処理がこのような大規模分散処理に適合するわけではない(典型的には,乱数を使ったモンテカルロ・シミュレーションに基づく科学技術計算であれば,物理的P2Pによる大規模分散処理に適する)。さらに,エンターテインメントや教育などの分野では思いもしなかった物理的P2Pの応用が出てくるかもしれない。

 しかし,主流のビジネス・コンピューティングにおいては,論理的P2Pの有効性が明らかである一方で,それを実現するために物理的P2Pが必須となるケースが筆者にはどうも思いつかないのである(何かアイデアがあれば教えていただきたいくらいだ。「物理的P2Pでも実現可能な応用」ではなく,「物理的P2Pを応用することで従来型のサーバ中心型コンピューティング方式よりも明らかな優位性が得られる応用」である)。ビジネスコンピューティングの世界では,サーバ中心型コンピューティングが当面の間,主流を占め続けると言わざるを得ない。

 さて,次回は,エンタープライズコンピューティングの世界で頻繁に耳にする言葉でありながら,もうひとつイメージが湧きにくい「コラボレーション」という用語の意味するところについて考えてみたい。

[栗原潔ガートナージャパン]