Gartner Column:第36回 フィオリナはガースナーになれるだろうか?

【国内記事】 2002.2.25

 HPがルー・プラット氏を継ぐ新CEOとして社内の有力候補ではなく,敢えて部外者のフィオリナ氏を選んだ時に,HPの某マネージャに聞いたことがある。――これは,IBMが部外者のガースナーを選択した時と同じ理由でしょうか?――その答えは,「たぶん,そうだろう。違う点は今のHPは当時のIBMほどひどい状況ではないということだ」というものだった。

 確かに,ガースナー氏が就任した1993年当時,IBMの状況は今のコンパックやHPの比ではなかった。2年連続の低業績により,赤字累積額は80億ドルという天文学的数字になっていた。これは,業績が悪いというレベルの話ではない。企業としての存続性そのものが危機にあったわけである。

 当時のIBMが抱えていた最大の問題は,メインフレームを中心としたIBM独自のアーキテクチャ製品を売り込むことで,顧客を徹底的に囲い込むというビジネスモデルが限界を迎えたことにあった。

 例えば,内部仕様を全面的に公開し,多くのISVや周辺機器メーカーから成るエコシステムを構築することで成功できた初代PCのビジネスを,同社は,マイクロチャネルというIBM独自アーキテクチャの採用により台無しにしてしまった。

 そこで,IBMは生え抜きの営業経験者をトップに据えるという伝統を破り,1911年の創業以来初めて社外からCEOを採用したわけだ。社内にいろいろなしがらみがある人物では徹底的な改革を行うことができないと判断されたためだ。この点ではHPも同じであり,それが私の最初の質問へとつながるわけだ。

 ご存知のとおり,ガースナー氏はIBMをサービス中心型の総合IT企業として完全復活させ,大方の予測どおりサミュエル・パルミザーノ氏にCEO職を引き継いだ。確実に名CEOとして歴史に名を残すこととなるだろう。

 しかし,ガースナー氏が行っていたことが当初から高く評価されてきたわけではない。何しろ,彼の場合は,IBMにおける経験はおろか,IT業界の経験すらほとんどなかったからである。

 同氏が最初に行ったことはコストカッティング,すなわち,リストラである。「リストラというものは小出しにやってはいけない。そうすると,残された社員も“次は自分か?”と疑心暗鬼になり,モラルが低下してしまう。だから,リストラは一気にやってしまわなければならない」という当時の発言は,まだ私の記憶に残っている。

 確かに正論ではあるのだが,その時までに基本的にレイオフを行ったことがなかったIBMの社員にとっては強烈すぎたかもしれない。

 また,IBMの将来についてどのようなビジョンがあるかという質問に対して,「今のIBMにビジョンは必要ない。必要なのは建て直しだけだ」と述べ,夢のある話を聞きたがっていた記者たちをがっかりさせたこともある(とは言え,これもまた,今にして思えば正論と言わざるをえないが)。

 彼の重要な経営判断のひとつとしてOS/2よりもWindowsを優先する戦略をとったことが挙げられるだろう。これも今にして思えば適切な判断だったと思えるが,当時のIBM社員にしてみればかなりショッキングな決断だったはずだ(ちなみに,日本においては山口智子がOS/2のテレビCMをやっていたころの話である)。

 しかし,このような強引なやり方の一方で業績を伸ばし,社員のモラルを維持できたのは,同氏が徹底的な顧客中心型の思考をとっていたためだ。彼は自分の時間の半分を顧客との対話のために費やしているそうだ。テクノロジー面から見れば優れていたOS/2よりWindowsを優先させたのも,顧客の声を重視しただけのことである。

 バランストスコアカードではないが,経営者の重要な課題は,株主,社員,顧客間の利害をいかに調停するかだ。ガースナー氏は顧客に重きを置くことで,見事に危機を乗り切った。その結果として,社員の満足度も向上させ,株価も大きく上昇させることができた。

 その一方で,おそらく,フィオリナ氏はバランスが企業の財務面に向きすぎているのではないだろうか。彼女のメッセージからは,合併による(正確に言えば合併に伴う人員削減による)コスト削減だけが強く聞こえてくる。合併後の製品計画について外部に公表できないという法的な制約があるとは言え,HP−コンパックの合併劇では,顧客が完全に蚊帳の外に置かれてしまったかのようだ。

 米国の投資家向け情報誌Red Herringの記事では,フィオリナ氏は「自家用ジェットにボディガードはHPの社風に合わない」「合併が成立するか否かにかかわらずやめるべきだ」などと,ひどい言われようだ。まあ,合併発表後に株価が大きく下落(発表直後に同時多発テロというタイミングの悪さもあったが)し,創業者の家族が合併に反対すれば株価が上昇に転じた情況を見れば,この合併がいかに投資家に受け入れられていないかが分かる。

 元々,バランスシートの改善を主目的とした合併が投資家に受け入れられていないというのは皮肉な話だ。

 3月19日にはHPの株主による投票が行われる。そして,この投票結果が合併が完了するか否かを決定すると見てよいだろう。合併意向の発表時点では,成立しない可能性がやや高いとガートナーは予測していた(Gartner Column:号外 HP-コンパック合併の成功の鍵を握るのは誰か?)が,現時点では合併が成立する可能性の方がやや高いというように変換した。ここまで来てしまったら,もう元に戻るのは困難と見ているためだ。

 とはいえ,ユーザーには合併の成立に依存しない将来計画を立てるよう推奨している(はっきりしない予測で申し訳ないと思っているが,政治の予測はテクノロジーの予測よりはるかに難しいのである)。

 合併が成立しなければ,ほぼ確実にフィオリナ氏はHPを去ることになるだろう。しかし,もし合併が成立し,かつ,新生HPが真に顧客指向の戦略を打ち出すことができれば,フィオリナ氏がITの歴史においてガースナー氏と同じ位置付けで語られるようになる可能性も残っていると言えるだろう。

[栗原 潔ガートナージャパン]