日本上陸したiTMSを前に、着うたフルは変わるのか神尾寿の時事日想

» 2005年08月05日 10時51分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 8月4日、かねてから噂されていたアップルコンピューターの「iTunes Music Store」が開始された(8月4日の記事参照)。海外で大成功を納め、多くのiPodユーザーに待たれていたサービスだけに、一般マスコミを含めて大きく注目されたようだ。

 気になる価格は、アップルの目論見どおり、1曲150円ラインが中心になった。一律にならなかった点が日本市場に対する配慮と妥協ということだろう。

 波及効果もさっそく現れた。

 同日、オリコン、USEN、Moraが相次いで価格改定。1曲150円〜200円が中心価格帯になり、1曲300円〜400円だった国内音楽配信サービスにとってiTMSはやはり「黒船」となったようだ(参考記事12)。

着うたフルは「様子見」という構えか

 一方、着うたフルに関しては、配信事業者/レコード会社ともに大きな動きはない。価格改定の公式発表はなく、iTMSで販売されているものと同じ曲を着うたフルでいくつか検索すると、従来と同じ300〜400円の価格帯のままであった。

 匿名を希望するレコード会社幹部に電話で話を聞いたところ「着うたフルはPC向けのiTMSや(他の)音楽配信サービスとは別物として考えている。影響がどう出るかは検討している段階です」という答えが返ってきた。着うたフルではiTMSのようにクレジットカードが必要なく、iTMSで取りこぼされる10代の若年層も買いやすい。一部の楽曲では歌詞やジャケット写真も提供されている。モバイルで「いつでもどこでも買える」利便性もある。これらの点から、iTMSの影響がどれだけ及ぶか分からず、値下げの判断を保留しているのだという。

 周知の通りだが、国内の音楽配信サービスにおける“火付け役”は着うたフルであり、他の国内PC向け音楽配信サービスとは比較にならないダウンロード数をすでに稼ぎ出している。iTMSに対抗して値下げをすれば、その影響はPC向け音楽配信サービスより大きい。

 また着うたフルは「携帯電話だけでしか聴けない」サービスであり、そこが家庭のPCとモバイルのiPodの両方で聴けるiTMSと違う。iPod向け外部周辺機器には音質のいい外部スピーカーが多く、最近ではカーオーディオでの対応も進んでいる。先のレコード会社幹部は「これは私見だが」と前置きした上で「iPodに(iTMSで購入した曲を)入れられてしまったら、もう音楽CDは買ってくれないんじゃないか。そういう心配が(携帯電話でしか聴けない着うたフルより)大きいのは確かだ」と話す。

 日本の音楽業界は音楽配信サービスに対して柔軟になっている。しかし、音楽業界関係者と話すと、そこに「音楽CD販売への影響は軽微にしたい」という本音がチラリと垣間見える。この音楽業界のニーズに配慮し、早期の音楽配信サービスを実現したのが着うたフルだ。誤解を恐れずに言えば、着うたフルの中には古い音楽ビジネスに対する「妥協と予定調和」という面がある。

 一方、iTMSは、ユーザーニーズの変化の方を重視しており、よりドラスティックに音楽コンテンツ流通の仕組みを変えようとしている。音楽業界にも配慮しているが、「一緒に音楽コンテンツ流通の仕組みを変えていこう」というスタンスが強い。ここが旧来のビジネスを残し、棲み分けすることを大前提とする着うたフルとの大きな違いだ。

 日本上陸をしたiTMSを前に、着うたフル市場を変えられるか。これは日本の音楽業界にとっての試金石である。

 音楽業界側が率先し、着うたフル向けコンテンツを値下げし、DRMや付加価値機能を活用して「価格とサービスの多層化」をしていけば、将来に向けた音楽ビジネス/文化の活性化ができるだろう。特に着うたフルが10代の若年層に強いことを重視し、音楽配信中心のビジネスへのシフトを徹底すべきだ。音楽配信というコンテンツ消費型の市場を拡大することが、結果的に音楽ビジネス全体の市場規模を拡大し、中長期的にはコンテンツ所有型のアルバム市場に好影響を与える。短期的な痛みとしてのシングルCD市場の衰退は、もはや避けられないだろう。

 着うたフルのシステムは、日本の音楽業界が古いビジネスを守る上での「盾」となる機能・仕組みを持つが、音楽配信中心の新たなビジネスモデルを積極的に切り開く「剣」にもなる。iTMSが上陸した今、音楽業界が率先して剣を取る道を選ぶことに、筆者は期待したい。

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