インセンティブモデル、善悪二元論は難しい神尾寿の時事日想

» 2006年07月31日 16時04分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 7月28日、NTTドコモの2006年度第1四半期の決算会見が行われた(7月28日の記事参照)。この会見の席でNTTドコモの中村維夫社長は、ワンセグ端末の展開やHSDPAへの取り組み、MNPの影響など様々なトピックスについてコメントしたが、筆者が特に重要だと感じたのが「インセンティブモデル」の今後に対する言及だ(7月28日の記事参照)

 周知のとおり、日本ではSIMロックと販売奨励金(インセンティブ、キーワード参照)をセットにして安価に端末を売るインセンティブモデルが採用されてきた。端末の開発と供給、そしてサポートまでキャリアが責任を持って関わる一方で、端末メーカーと販売店をコントロールするモデルは、ここにきて“見直し論”の逆風にさらされている。

 インセンティブモデルが逆風にさらされる理由は大きく2つある。

 1つは既存キャリアが高コスト構造である最大の理由が、インセンティブモデルにあることだ。キャリアが負担する販売奨励金そのものももちろんだが、SIMロックを前提にしたキャリア独自端末の開発・調達、それらの流通・販売、そしてサポートコストなど、積み上げれば莫大な金額になる。これらはすべてコスト負担としてキャリアの肩にのり、ひいてはユーザーが支払う携帯電話料金に影響している。

 2つ目の理由が、インセンティブモデルの存在が端末メーカーのビジネス上の自由を制限し、潜在的に国際競争力を減少させていることだ。日本の携帯電話メーカーはあくまでOEM販売が主体であり、しかもキャリアの要求を受けて、特定のキャリア向けの端末を開発する。販売やサポートがキャリア任せなので、キャリアの要求や判断を超えて新たな機能やデバイスを実装できない。例えば、海外では一般的なBluetooth機能の搭載が、日本の携帯電話で遅れているのも、キャリアのビジネス上の優先順位やコスト負担の判断によるところが大きい。

 さらにインセンティブモデルの下では、海外のようにハイエンドモデルとエントリーモデルの「価格差」が開かない。すると多くのユーザーが数千円の価格差や半年程度の型落ちならばハイエンドモデルの方を購入するので、メーカーに“魅力的なエントリーモデル”の開発力が蓄積しないのだ。日本メーカーはどうしても高コスト・高付加価値のモノ作りに偏ってしまい、これが海外市場での競争力を落とす原因の1つになっている。

 ほかにも、携帯電話キャリアの新規参入といった点では、インセンティブモデルの存在が少なからず参入障壁になっているという見方もできる。

インセンティブモデルの功績も評価すべき

 これらの理由から、インセンティブモデルをネガティブにとらえて、日本市場の歪みとするところから、見直し論が起こっている。しかし筆者は、インセンティブモデルには負の面を補ってあまりある功績もあり、それを無視すべきではないと思う。その点で、中村氏が「良い面と悪い面と、2つある」としっかりと主張したのは正しい。

 もし日本にインセンティブモデルが存在しなければ、iモードを代表とする各種通信サービスはこれほどまでに普及せず、携帯電話関連ビジネスの隆盛もなかっただろう。カメラ付きケータイの普及、第3世代携帯電話への急速な移行、おサイフケータイの登場にも時間がかかったはずだ。

 またユーザーの安心感という点では、ネットワークと連携したセキュリティサービスの登場はもちろんのこと、全国に整備されたキャリアショップ網の存在も大きいだろう。販売・サポート拠点を担う販売代理店を支えているのが、インセンティブモデルであることも忘れてはならない。

 インセンティブモデルには確かに問題もあるが、だからといって善悪二元論で片づけられるほど単純なものではない。多くの一般ユーザーが、使いやすくて先進のサービスを安心して使える。これを支えているのもまたインセンティブモデルなのだ。筆者は日本市場のサービスや技術が世界をリードする上でも、インセンティブモデルは改善をしながらも残していく必要があると考えている。インセンティブモデルの見直し論議がイコール廃止論になってしまったら、日本の携帯電話ビジネス、そしてユーザーにとってもデメリットの方が大きい。

SIMロックフリー市場の“優遇策”はあってもいい

 とはいえ、インセンティブモデルに「悪い面」があるのは事実だ。そして理想をいえば、ユーザーと市場に対しては選択肢が多い方がいい。

 そこで筆者が期待しているのが、SIMロックフリー端末に対するサービスや料金プランでの優遇策だ。特に料金では、条件付きでもいいのでパケット料金定額制をキャリアの通信サービス以外にも適用してほしいと思う。SIMロックフリー端末はiモードやiアプリといったキャリアサービスは使えないが、フルブラウザやインターネットメール、汎用アプリケーションなどが定額制の範囲内で利用できるという形だ。これなら端末価格が高く、キャリアの手厚いサポート体制が利用できなくてもSIMロックフリー端末を使いたいというユーザーが新たな市場を形成するかもしれない。

 インセンティブモデルは功罪の両面があり、携帯電話ビジネスのさらなる発展を考えても引き続き必要だ。その上で、キャリアとメーカー、そしてユーザーの選択肢を増やしていく慎重な姿勢が必要ではないだろうか。

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