競争環境の変化で、失われる“ウィルコムだけ”神尾寿の時事日想

» 2007年03月10日 09時38分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 3月8日、ウィルコムは月額1900円で1時から21時までの070番号への通話と、すべてのEメール送受信が無料となる新料金プラン、「ウィルコムビジネスタイム定額トリプルプラン」(仮称)を発表した(3月8日の記事参照)。サービス開始は6月1日を予定しているという。

 サービスの詳細はニュース記事に譲るが、今回の新料金プラン投入の狙いが、ソフトバンクモバイルのホワイトプラン及びWホワイト対抗であるのは間違いない。ソフトバンクモバイルは今年に入ってから法人契約市場に力を入れており、中小口の法人契約ではホワイトプラン+Wホワイトの訴求、ある程度まとまった法人契約になると、かなり大胆な割引価格を提示していると聞く。

 これまで法人市場における「音声定額・低コスト」の訴求はウィルコムの独壇場であり、「中小企業を中心に、とにかく低コストを求める法人向けは、ドコモやauが(ウィルコムに)対抗できない状況」(大手キャリア法人営業幹部)だった。しかし、そこにソフトバンクモバイルが進出し、法人向けに「音声定額・低コスト」を訴求したことでウィルコムの競争環境が一変した。法人の低コスト需要に応えられるのが、“ウィルコムだけ”ではなくなったのだ。

 ウィルコムは今年1月、「ウィルコム定額プラン法人割引」を投入したが、それから2ヶ月も経たずに「ウィルコムビジネスタイム定額トリプルプラン」(仮称)を発表したことは、法人市場におけるソフトバンクモバイルの影響が予想以上に大きかったからだろう。昨年、ウィルコムの純増数の約4割が法人需要であったことを鑑みても、ソフトバンクモバイルとの競争に勝てるかは、同社の今後の成長にとって大きな意味を持つ。

データ通信、スマートフォン分野でも独自性が薄れる

 ウィルコムの独自性が薄れたのは、法人向けの「音声定額・低コスト」の分野だけではない。同社がこれまで力を入れてきた「フルブラウザ向けのパケット料金定額サービス」や「PC向け定額データ通信」、「スマートフォン」についても、携帯電話キャリアのキャッチアップが進み、“ウィルコムだけ”の環境が崩れ始めている。

 例えば、フルブラウザのパケット定額はドコモ、au、ソフトバンクモバイルの大手3キャリアすべてが対応済み。スマートフォンはドコモとソフトバンクモバイルが海外メーカー製端末を導入するほか、新規参入キャリアのイー・モバイルがウィルコムと同じシャープ製スマートフォン「EM・ONE」を投入する。定額プランの価格やサービス内容、さらにイー・モバイルはサービスエリアの違いなどがあるとはいえ、これらの分野がウィルコムの独壇場でなくなってきているのは事実だろう。

 ウィルコムの“最後の砦”ともいえる「PC向け定額データ通信」でも変化が起きそうだ。この分野では、まず今年3月31日からイー・モバイルがHSDPAを用いたPC向け定額データ通信サービスを投入する(2月19日の記事参照)。当初のサービスエリアは東京など都市部中心でウィルコムよりも不利であるが、一方で、最大3.6Mbpsで月額5980円とコストパフォーマンスはウィルコムよりも高い。サービスエリアが広がれば、都市部を中心にウィルコムと競合することになるだろう。

 また、他の大手キャリアの動きも気になる。特にNTTドコモは、FOMA基地局のマイクロセル化とHSDPA対応を急ピッチで進めており、早ければ来年度中にもPC向け定額データ通信サービスを投入できる体制を整えそうだ。むろん、新サービスの投入はインフラの要因だけで決まるものではないが、ドコモがPC向け定額データ通信サービスを投入するシナリオは現実味を帯び始めている。

 今のところPC向け定額データ通信はウィルコムの独壇場であるが、この分野でも“ウィルコムだけ”の構図が崩れるのは時間の問題だろう。

 このようにウィルコムを取り巻く環境は急速に変化し始めており、“ウィルコムだけ”という独自性を生かし、携帯電話との直接競合を避けて「堅実な成長」を続けるのは難しくなってきている。ウィルコムが望むと望まざるとに関わらず、今後は既存の携帯電話キャリアや新規参入キャリアとの競合・競争を前提にしていく必要がある。

 まずは今まで以上にフットワークのよいサービス開発や、W-SIMを使ったビジネスの一層の活用と裾野の拡大が急務だ。さらに、HSDPAや基地局のマイクロセル化といった“武器”を持ち始めた携帯電話キャリアに対抗するためには、ウィルコムのインフラも高速・大容量化を急ピッチで進めなければならないだろう。

 10年以上の間、PHSというインフラを守り育ててきたウィルコム。競争環境が変わり、携帯電話キャリアと直接競合が増える2007年は、同社が次の10年に進めるかどうかのターニングポイントになりそうだ。今後のウィルコムの動向を、期待をもって見守りたいと思う。

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