検索
インタビュー

デスマーチプロジェクトがなくならない3つの単純な理由

「デスマーチプロジェクトがなくならない理由は主に3つ」――ソフトウェアシンポジウム「JaSST'07 Tokyo」のため来日していたエドワード・ヨードン氏に、デスマーチプロジェクトについて改めて語ってもらった。

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena

 先月、東京目黒雅叙園で行われたNPO法人ASTER(ソフトウェア技術振興協会) JaSST実行委員会主催の「ソフトウェアテストシンポジウム 2007 Tokyo」(以下、JaSST)のために来日したエドワード・ヨードン氏にインタビューを行った。聞き手はITmediaでもテストに関する記事を執筆しているASTER理事の加藤大受氏。


JaSST 2007基調講演でのヨードン氏。現在、Web 2.0がもたらすビジネスの変化について興味を持っているという

加藤 まず、わたしがJaSSTの実行委員ということで興味があるのですが、今回基調講演されたJaSSTの印象はいかがでしたか。

ヨードン カンファレンスの印象としてはとてもポジティブで、とても多くの人が参加しており、ベンダーも非常に面白い展示をしていたと思います。ただ、日本語が分からないため、ほかのセッションやスピーチで話されていた内容を聴いていないので何ともいえないですが、

加藤 日本では品質およびテストにフォーカスしたシンポジウムは、このJaSSTだけで少し残念に感じています。米国ではどうでしょうか。

ヨードン 米国では品質に関するカンファレンスは多数ありますが、ほとんどのカンファレンスは細分化されています。JaSSTのように1つになっていることで、多くの方の注目を浴びると思います。10年前ですと、米国ではベンダーによるさまざまなソフトウェアカンファレンスが多数開催されていましたが、2000年以降のハイテク企業の不況によって多くの企業がIT投資を削減し、カンファレンスやトレーニングを開催しなくなりました。さらに、2001年9月11日の同時多発テロ事件以降は多くの企業が出張旅費関連の費用を削減したため、テストや品質に関するカンファレンスは非常に少なく、かつ専門家されたというのが現状です。現在、米国でもっとも著名なカンファレンスとしてはSoftware Engineering Institute(SEI)が行っているSoftware Process Improvement関連のSEPGでしょう。

なぜデスマーチプロジェクトはなくならないか

加藤 コンピュータ技術は格段に進歩しており、多くの人々がその恩恵を享受しています。しかし、一方では今日でも開発者やプロジェクトマネジャーは“デスマーチ”に苦しんでいます。どうしてデスマーチプロジェクトはなくならないのでしょうか。

ヨードン 主に3つの理由があると思います。1つめは、10年前に比べ競合が多くなったということです。ワールドワイドで非常にアグレッシブに競争しているということで、各企業はこれまで以上に短期間で製品をリリースしたり、コストを削減したりする必要が出てきました。滞在中にお会いしたある日本企業でも、毎年20%以上ものコスト削減していると聞きました。10、20年前よりも状況はシビアになっているのです。

 2つ目の理由として、コンピュータ技術が進歩しようと、コンピュータ技術に対する人々の願望はつきないことが挙げられます。例えば、わたしが今回日本で使用している携帯電話は言うまでもなく10年前から大きく進歩していますが、人々は携帯電話に高性能のカメラを必要としたり、音楽を聴きたがったりというように、さらに大きな願望を抱くことでしょう。だから技術は進歩してもデスマーチプロジェクトは続くのです。

 3つ目の理由としては基調講演でも述べたように、政治的な面でデスマーチプロジェクトが発生するということです。40年以上も前にわたしがエンジニアとして働いていたときも政治的な面で衝突がありました。技術が進化した現在にあっても、人々は変わらず、同じように衝突が続いているのです。

ソフトウェア開発における日米の違い

加藤 日本では組み込み開発の分野でデスマーチプロジェクトがとりわけ多く発生しています。例えば、携帯電話、カーナビゲーション、情報家電などの分野です。この分野では品質に関する問題も数多く取り上げられていますが、こういった日本の状況をご存じでしょうか。

ヨードン ソニーのバッテリーコンポーネントに関する問題は非常に多く耳にしましたが、日本の組み込み分野の話はほとんど聞いたことはありません。米国では組み込み機器というのはユーザーインタフェースが複雑で操作しづらいというイメージがありますが、あまり品質に関する問題というのは耳にしません。ただ、組み込み分野でデスマーチプロジェクトが多いというのは容易に想像できます。現在の組み込み機器は大量のソフトウェアが組み込まれています。米国でも同じ状況で、組み込み機器、コーヒーマシンでも電話でも10万とか100万行とかいうソフトウェアが組み込まれており、非常に複雑となっているだけでなく、短期間でのリリースとコストの削減によってデスマーチプロジェクトを生み出しています。

加藤 続いての質問はどちらというと日本と米国の勤務形態や労働契約の違いに関して現れていると思います。米国のプロジェクトマネジャーがハイリスク/ハイリターンな状況で働いているのに対し、日本のプロジェクトマネジャーは米国に比べるとローリスク/ローリターンのイメージがあります。このあたりをどのように感じていますか?

ヨードン 別に日本のプロジェクトマネジャーが非常にローリスクだとは思いません。先ほどの携帯電話のプロジェクトのように非常に短期間で開発しなければならないというプレッシャーを受けているということを考えるとやはりハイリスクだと思いますが。

加藤 別な言い方をすれば日本のプロジェクトマネジャーには大きなペナルティがないということです。米国であればプロジェクトに大きな問題が発生したり、リリースした製品に問題があったりすれば、プロジェクトマネジャーが解雇されたり、減棒されたりなどは当然だと思いますが。日本ではそうした話をほとんど聞きません。

ヨードン 結果によって、解雇されるなどは確かにそうで、まあ、日本人と米国人の違いですね。ハイリスクならハイリターンが当然というのもありますが。わたしの意見としては、日本人は日本文化の影響からどちらかというと均一的で、米国人はさまざまな人種、国籍、バックグラウンドからなる米国の多様な文化からさまざまな選択肢があり、人それぞれ気楽と感じるものが異なっているからだと思います。それによってリスクもリターンも考え方も変わってくるということでしょう。この考え方はデスマーチプロジェクトにも影響しています。たとえ、デスマーチプロジェクトが発生することを期待しない企業や人々であっても、それを避けられないことがあります。現在の米国の自動車産業がそうです。現在非常に厳しいデスマーチプロジェクトを強いている米国の自動車産業ですが、10年前であればビジネス戦略などでデスマーチプロジェクトは避けられたように思います。しかし、さまざまな日本車メーカーとの競争が発生している現在ではもはや避けられないということです。

加藤 日本ではデスマーチプロジェクトを克服したドラマが非常に人気ですが、米国ではこのような話は人気がありますか。

ヨードン 基調講演のスライド(http://jasst.jp/archives/jasst07e.html#keynoteからダウンロード可能)の中で紹介したプロジェクトの性質の図(図1)からいうと、ほとんどのデスマーチプロジェクトが属する“mission impossible”型は、リスクは高いが見返りも高く、挑戦しがいがあるタイプです。こうした性質を持つものとして、ハリウッドでもトム・クルーズが出演した映画がありますね。

 その対極にある“suicide”が米国の政府のプロジェクトです。このプロジェクトは古いメインフレームとCOBOLなどの使い古された技術で構成されており、このプロジェクトに属している開発者はほかに移ることもできず、非常に惨めです。こういった話をハリウッドがすることはありませんね。また、まれにハリウッドは“kamikaze”プロジェクトのようなほとんど神懸かり的に近いものも取り上げますね。まあこのようにハリウッドもこうしたプロジェクトの成功話のドラマを作ることがあります。


図1 プロジェクトの性質の分類図

加藤 ヨードンさんの著書「デスマーチ 第2版 ソフトウェア開発プロジェクトはなぜ混乱するのか」の中で、プロジェクトマネジャーがステークホルダーとのコミットメントと開発チームとの調整をする方法として、Joint Application Development(JAD)というのを挙げていますが、この利点を教えてもらえますか。

ヨードン JADはわたしが勧める方法で、ほかの人が書いた書籍です。この方法はステークホルダー、プロジェクトマネジャー、開発者が同席したミーティングで、少なくても2人、多いときは20人以上で、要求を煮詰めていく方法です。こちらの本を読んでみるといいでしょう。

加藤 最後に、日本のプロジェクトマネジャーへのアドバイスをお願いします。

ヨードン 日本の、と限定するのは非常に難しいので、ここでは米国も含めますが、プロジェクトマネジャーに対しては、プロジェクトチームというのは人が構成するものであることを忘れないでほしいです。そして人々のリアクションを大切にするということですね。


デスマーチをよく知る2人だけに、打ち解けた雰囲気で対談は進んだ

インタビューを終えて

 インタビューの中で、プロジェクトマネジャーがどのように交渉すればデスマーチプロジェクトを避けることができるか? またそのためのテクニックはあるか? と質問したところ、「米国ではあまり交渉というのをしない。交渉というよりも感情的になった言い合いというのはあるが」と言われたのが印象に残った。米国ではあまり交渉はせずにすぐに金額とスケジュールの話をし、要求に合わないと商談を終えてしまうことが多いという。

 組み込み機器の話で、わたしがイメージしている組み込みとヨードン氏のイメージするものが合わずに苦労したのも興味深い。彼にとって組み込みといえば制御機器というイメージで、わたしがイメージしていたカーナビゲーションや情報家電はアプライアンスという言葉の方がしっくりきたようだった。また、組み込みに搭載されているソフトウェアのコード量について彼が語ったのは、わたしがイメージするものと比べると十分の一程度であった。このあたり、日本が組み込み大国であると感じさせる。

 JaSSTに残念ながら参加できなかった方もヨードン氏の基調講演をスライドに一度目を通し、デスマーチプロジェクトを減らすテクニックや回避するテクニックを学んでみることをお勧めしたい。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る